2009年10月30日 (金曜日)

パプア・ニューギニアの民族ダンス1

久々に・・・ 『合気道 in エジプト』の番外編 1989年、JICAボランティアとしてパプア・ニューギニアに滞在していたときに撮影したビデオ。 ソゲリ・ナショナル・ハイスクールの学園祭のひとコマ。

ソゲリ高校はニューギニア全土から生徒が集まります。総人口500万人の国で600の部族と700種の言語がある、といわれる「多部族国家」です。
毎年恒例の催しでは、生徒達が出身地別にグループを作って地元のダンスを披露します。
飾りは極楽鳥の羽根。準備には親戚一同が応援に来たりして、「家伝」の衣装(今や極楽鳥は希少種)で華やかさを競い合います。
こうして、伝統文化は継承されていきます。

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2008年10月28日 (火曜日)

稽古もしました

エジプトで合気道を稽古している彼らは、日本に対して強い憧れを持っています。【メッカ】とは元々イスラム教の聖地のことですが、日本はさしずめ、【合気道のメッカ】というところでしょうか。

少しでも機会があるなら稽古をして帰りたい、という彼らの希望に沿うべく、7泊8日の大阪滞在中に4日間、5回の稽古に参加しました。

私の師匠の技を受けたときには皆ニコニコととろける様な笑顔で喜んでいました。【永年の憧れの人】にやっと会えたっていう感じ。

稽古の帰りに・・・、
「センセイ、あれが合気道だよな。センセイはあんな技をエジプトでは教えてくれなかったゼ。」
『当たり前じゃ!師匠と俺と一緒になるかいな!』

ともあれ、彼らの【日本巡礼】の旅の収穫は大きかったようです。和歌山では道主にも稽古をつけてもらったらしいし。大阪の後は東京で数日過ごしたとか。そちらでは私の道場の後輩達がアテンドしてくれたはずです。お疲れ様でした。
ということで、『ビッグフェイスツァーズ:特別企画編』、おしまい。

Cimg6208写真は、稽古の後に行った食堂の壁に掛かっていた、槍と刀と鎖鎌。「センセイ、日本の家にはどこでもこんな武器を備えているのか?」 そんなことない、と言ってもなかなか信じてもらえなかった。

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買い物ツァー

「稽古着と木剣が欲しい。」
『合気道の剣・杖といえば関西では京都のT山堂か。』

朝一に店に入る。5人が口々に「あーでもない、こーでもない」と道着や袴を物色する。2時間近く経って、「名前の刺繍は夕方仕上がります。携帯に連絡しますから取りに来てください。」ということで一段落・・・にはならずに、
「今日は金曜日。お昼の礼拝をしなくっちゃ。」
はいはい、それも調べてあります。イスラムセンター。
アジア各国からの留学生を中心に、エジプト人も含めて100人近くが集まってお祈りをする場所があります。

それが終わると、T山堂の聖護院支店に武器を見に行く。
『合気道の木剣を見せてください。』
「合気道用はほとんど残っていません。この間から、合気道をやっている外人さんが多く見えてまして・・・。」
『そうなんですか。和歌山の大会の後で、みんなこちらに立ち寄っているようですね。』
それでも、何本か残っていた剣と杖と、【模擬刀】まで買いよる!
『マルちゃん、金持ちやなぁ。』
「クレジット・カードだよ、センセイ。お袋のカードだけど。」

この店でも1時間以上。店の人たちとなんだかんだと喋りながらすごしました。店員のお姉さんはスイス人。空手の元チャンピオンだとか。

と、そこへ、アニメに出てくるスーパーマンみたいな体型の外人がゾロゾロ・・・。「カトリシントーリューの木刀ヲ見せてクダサイ。」
聞くと、オランダで【香取神道流】を教えている先生とその弟子達なんですと。杉野嘉男氏のDVDを売っているのを見て喜んでいた。
「私ノ先生ハ、望月稔先生デス。私、内弟子ヤッテマシタ。コレハ私ノ弟子達デス。」・・・恐るべし、格闘技王国オランダ。

本店に戻って名前入れの終わった稽古着を受け取り、買い物ツァー終了。結局、観光のための時間はとれずじまい。翌日、出直すことになりました。

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The Ninja

伊賀忍者博物館横の特設ステージで開催。一人200円。 約15分のショーの後、手裏剣の体験も出来る。 お兄さん達も親切で、英語でもショーの説明をしてくれたり、一緒に記念写真に納まってくれたり。 楽しいひと時でした。

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ザ・ニンジャ

「センセイ、俺の観た映画では、イガ・ニンジャは黒装束で正義の味方、コーガはグレーで悪者だったゼ。」

Cimg6147 伊賀忍者屋敷は大阪から電車で2時間弱。屋敷自体のからくりも見ものですが、博物館が併設されていて色々な忍具も展示されています。でも彼らにとっては、外でやっていたニンジャ・アクションショーのほうが面白かったみたいです。

隣の上野城を見物に行くと、保育園の遠足のグループが写真を撮っているところでした。
「可愛いな。センセイ、あの子達と一緒に撮りたい。」
『ん~、ダメもとで訊いて来るわ。』・・・昨日、海遊館で同じことを言って、あっさり断わられたのでした。恐る恐る先生に聞いてみる。
『あの~ぅ。この人たちはエジプトからの観光客なんですけど、子供達と一緒に写真を撮らせてもらえませんでしょうか?』
「え?あぁ、結構ですよ。・・・は~い、みんな並んで~。エジプトのお兄ちゃんたちと写真撮るよ~。みんな、ピラミッド知ってるかな~?」

Cimg6165  ・・・あっさりと言うか、なんと友好的な。先生のほうが積極的に興味を持ってくれたりして。
記念写真の後、日本語の達者なヒシャムさんが子供達にアラビア語を教えている。Cimg6169_2
 「アラビア語で、1はワヘド。2はニーン。3は タラータ。わかった?」 『は~い。』
「1は?」『わーへど。』、「2は?」『に~ん。』、「OK。じゃ3は?」『さぁ~ン!』・・・それは「ナベアツ」やろ。関西人のDNAというやつか。

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観光案内

「センセイ、大阪城と、水族館(海遊館)、それとスカイビルに行きたいな。」 「京都にも、奈良も行ってみたい。」
「袴と、稽古着を買いたい。」 「電器屋でデジカメを見たい。」 「刀が欲しい。」 「遊園地に行きたい。」 「腹が減った。」
・・・『で、出来る限り努力します。』

とりあえず、大阪観光の目玉は【海遊館】。これと、梅田のスカイビルは大抵のガイドブックに載っているみたい。じゃぁ行きましょう、ということで海遊館に行きました。Cimg6124 Cimg6134 ジンベイザメの大水槽には感動したようで、元々写真好きの彼らは写真を撮りまくり。 【写真左】古代エジプト展のポスターと現代のエジプト人。 【同右】観光地によくある、「名前の刻印できる」メダル。1個500円。特に外人客にはウケるのだとか。

遅い目の昼食を終えて次の目的地へ急ぐべく、エスカレーターに乗る・・・『あ゛! やばい!こんなところに【忍者グッズショップ】がある。気づかれると騒ぎになるで・・・。』と振り返ると、すでに騒ぎは始まっていた。

模擬刀を見たり、手裏剣を触ったり・・・。
「刀の扱い、慣れてるみたいですね?どちらの方?」と、店の人。
『エジプトからの観光客で、全員合気道の有段者です。』
それにしてもきりが無い。小さな店でかれこれ1時間以上。
『ええ加減にしとけよ。明日、ニンジャ博物館に連れて行ってやるから。』で、やっと店を出たのでした。

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ブタはタブー

イスラム教が豚肉をタブーとしているのはよく知られています。私も、今回のツァーでは食事に関してはそれさえ気をつけていればよいと思っていたのですが・・・。

イスラムには「教義にのっとって処理された動物の肉を食すべし」という教えもあります。これは私の認識不足でした。昼食に入った定食屋で食べられるメニューが無い。シーフードならOKということで、結局、全員が「ホッケ定食」。

Cimg6096 夕食は、大阪の粉モン文化を味わってもらおうと「お好み焼き」。ブタ玉・・・なんてトンでもない。
エビ、イカ玉などメニューは限られたものの味は好評Cimg6102_2でした。

ツァー中に入った食堂はどこの店でも、外人客ということで「肉抜きメニュー」の相談には結構愛想良く応じてくれました。ま、あちらも商売ですから・・・ということもあるでしょうけれど、彼らは実においしそうに食べるし箸も器用に使いこなすしでお店の人にウケが良かったみたいです。

「どちらから?エジプト?私、エジプト人を初めて見ました。」という人も多かったから、それもウケた理由のひとつです。

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ツァー初日

ホテル選びは苦労しました。5人が7泊する。その日程が確定したのも一週間前。費用は安いに越したことは無いとはいえ、あまり「すごい所」に泊めるわけにもいかない。ネットで片っ端から検索してみると、ウィークリーマンションの7泊プランというお誂え向きのものがありました。

谷町4丁目は大阪城にも歩いて行けるほどの距離。コンビニも近いし部屋もきれい。その上、フロントの人が英語で対応してくれる。これは意外な感じ(低料金のビジネスホテル、というイメージだったので)でしたが助かりました。なるほど、宿泊客を見ていると、出入りする人の8割以上は外人です。

「センセイ、アイキドーの本が欲しいんだけど、本屋に連れて行ってくれないか?」というリクエストに応えて堂島のJ書店に。
一人が選ぶと他のヤツも同じ本を欲しがる。
「ペラペラ(これが最後の1冊です、とかナントカ・・・)」店員さんが流暢な英語で応対してくれた。

Photo_14 洋書売り場なんだから当然、かも知れませんけれど、ホテルでの対応に続いて、『お、大阪もなかなかやるやんけ。』と思いました。
【写真は本文とは関係ないですよ】

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大顔旅行社復活

去る10月5日~13日、『第10回国際合気道連盟大会』という催しが和歌山県の田辺市で開催されました。それに参加するため、私がエジプトで一緒に稽古していた仲間達5人が来日する、という連絡がありました。(私は参加していません)
「で、センセイ。大会の後、大阪見物をしたいんだけど、案内してくれないか?」・・・というわけで、ビッグフェイス・ツァーズが1週間の限定で復活、ということになりました。

【再会】の当日・・・
『白浜方面から来るんやから [特急スーパーくろしお] やな。』と勝手に思い込んでいたのが間違いのモト。特急の到着する、新大阪駅にはそれらしい団体が見えぬ。『困ったな・・・』と、構内を見渡すと、剣・杖らしき「長い荷物」を持った外国人のグループがいた。

『えくすきゅーづ、みぃ。Are you 合気道の人 from 田辺 ですか? Egypt人のグループを見かけませんでしたか?』
「Oh, yes わしらは田辺から来たけどエジプトのやつらはこの電車には乗って来なかったゼ。」
『あぁ、さよか。』・・・どうも節約の為に快速を乗り継いで来てるらしい。と、考えていると携帯に着信アリ。天王寺駅で合流することにしました。

なにしろ、こちらからは発信が出来ず向こうからの電話を待つしかない状態の上、当日のその時間にはJR神戸線と京都線で事故が重なってダイヤが乱れている、とかで私も少々パニクッていたのです。

ま、とりあえず天王寺駅で半年ぶりの再会を果たしました。

『移動にはメトロ・・・、いや地下鉄を使う。これはプリペイドカードやから、滞在中、失くさないように。大阪を離れるときに残額分は僕が買い取る。』
Photo_2「OK、センセイ。で、どこで降りるんだ?ここか?」
『違う、ここは【タニマチキューチョーメ】だ。』
「ここか?」
『No、ここは【ロクチョーメ】俺達が降りるのは【ヨンチョーメ】T-23 or C-18の駅やから覚えておきなさい。』

というわけで初日は波乱含みで始まりました。

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2008年4月16日 (水曜日)

Grading Examination ~昇段審査

先月まで、私がエジプトで指導していた合気道の生徒達の昇段審査がありまして、結果をメールで報告してくれました。 全員合格したそうです。いや~、嬉しいですね。

alf mabluk!

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2008年4月 7日 (月曜日)

道楽オヤジ

A 大阪の自宅に戻って1週間が経ちました。

JICAでの帰国事務手続きは終わっていますが、道場の先生方をはじめ、エジプト滞在中にお世話になり、応援してくださった方々への帰国報告が続いています。
そんな中での、ある先生との会話・・・。

「で、小野さん、これからどうするの?またどこかで指導するとか?」
『いえ、実は2年間のエジプト滞在で《合気道に関して自分がやりたいこと、やれること》をやり尽くした気がするのです。自分の【器】の範囲では目一杯やったかな、と。だから、しばらく合気道から離れようかと思っているのですが。』
「ふ~ん、燃え尽きた?【明日のジョー】みたいに?でもね小野さん、断言するけど《あなたには稽古が止められない》ですよ。また、止める必要もない。」
『はぁ・・・。』
「合気道の、《道を極める(究める)》のは翁先生みたいな名人、達人。我々は力まずに、《道を楽しんで》行けばいいんじゃないですか?
《極道者》じゃなくて、《道楽者》になればいいんですよ。」

【道楽オヤジ】・・・「かに道楽」に対抗して「合気道楽」、とか?
構えずにやりなさい、ということでしょうね。・・・今まで以上に「力を抜いて」「楽しく」やったらグジャグジャになってしまいますが。

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2008年3月31日 (月曜日)

東京編【お礼参り】

【お礼参り】というと今ではややマイナスイメージの言葉に取られがちですが本来は「神仏にかけた願が成就したお礼に社寺に詣でること」です。

エジプトへの出発前、故事に倣って《鹿島立ち》をしたので、無事の帰国を感謝して、鹿島神宮にお参りしてきました。 
鹿島立ち:遠い旅路への出発。律令時代、東国武士が鹿島神宮で必勝祈願をしてから、大宰府のある北九州に赴いた事に由来する。 》

いまではJリーグの鹿島アントラーズの本拠地として有名な茨城県鹿嶋市は日本の武道のメッカといえる所です。「剣聖」塚原卜伝の出身地でもあります。東京駅から高速バスの直通便で2時間。1780円。樹齢数百年の木々がそびえる境内は、いつ訪れてもきれいに掃き清められていて空気も清々しい。・・・カイロとえらい違い。5 4 2 3

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東京編【湯治】

滞在中のホテルは京葉線の八丁堀駅のすぐ傍で、東京駅から一駅。温泉付きで東京ディズニーランドへも近い。春休みとあって親子連れも多く見られます。

帰国手続きの日程の合間を利用して上野公園内にある「下町風俗資料館」など見物しました。
『こんなところを案内したら、エジプトの連中は喜ぶやろなー。』などと、【ビッグフェイス・ツァーズ 日本編】のプランを練りながら。

A B C D

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2008年3月29日 (土曜日)

帰国編【春爛漫】

東京の桜は満開ですね。滞在しているホテルの傍の小さな公園もきれいに咲いています。6 2_2なんでも、「ソメイヨシノは挿し木で増やすので全て遺伝子が同じ。だからいっせいに咲くんだ云々・・・。」とかTVで言ってましたが。


『それにしてもTVのリモコンのボタンがやたらに増えておるな。ついて行けんわ。』1_30_3
などと「ボヤ」いていると、館内の火災警報が鳴った。
こっちはホンマの「ボヤ」騒ぎ?結局は感知機の誤作動でした。 

5 4_2 タクシーの初乗り料金の高さに驚き、ガソリンの価格に驚き、女性の体の細いことに驚きつつ歩いていると、ふと気付いたら横断歩道の無いところを車をさえぎりながら渡っていました。これにはドライバーが驚いたやろ。いや、つい習慣で・・・。

・・・などということを嫁と電話で話していたら
「そうそう、昨日 【あのヒト】 から電話があったわ。《小野君、そろそろ帰ってくるんじゃなかったですか?》って。連絡してたん?」
いえ、全然連絡してませんでした。
しかも電話があったのは羽田に着いて空港を出た時刻でした。
・・・やはり私は、一生 【あのヒト】 には逆らえぬ。

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帰国編【キツネウドン】

カイロを飛び立って14時間、関西空港に到着しました。

『ここから帰らせてくれへんかいな。』
でも、いったんは東京に行かないとだめなわけですわ。

当面必要な荷物以外は宅配便で自宅に送る手配をして、国内線ロビーへ。
結構せわしない。後で聞いたら何人かは荷物の「破損」やら「未着」があったらしいですからラッキーな方だったかもしれませんが。

で、チョイと一息ついて軽く食事を摂ることにしました。
思えば20年前、パプア・ニューギニアから戻ったときに親友が東京で出迎えてくれました。
「晩飯は何を食いたい?」
『キツネウドン!』
その頃はまだ珍しかった関西風のうどん屋、「杵屋」に連れて行ってもらったものです。
あのときのキツネウドン。最高に美味かった。

今回も同じように美味かったです。
「3杯目」は・・・無いでしょうけど。D E

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帰国編【経由地、ドバイ】

帰国の経路はドバイ経由関空、そして羽田。
エミレーツ航空はエジプト航空と違ってアルコールのサービスがあります。早速ワインを注文してしまった。

各席にはモニターが付いていて(今時、珍しくないか?)映画もゲームも楽しめる。
日本人の乗客が多いですな。
ドバイ空港はやたらにでかくてきれいです。
エジプトで付き合ってた連中が「アラブ諸国」に関してあまり好い印象を持っていなかった影響か、私も同様。なんだか、「金に物を言わせて」作った感じ。ホンマに物を言うたらやかましくてしかたなさそう。

乗り継ぎ便を待っていると、一般のツァー客とは【異質】の東洋人の若者達がゾロゾロ。
『17-3の方ですか?』(平成17年度3次隊、という業界用語です。)
「あ・・・、はい。ルワンダ(ケニアの隣り)と、あっちはヨルダン組です。」

なんとなく、「ニオイ」で分るものですな。・・・お互い様か。

写真は・・・説明無要でしょう。ただ、左の写真を撮ったときは警告されました。A C B

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帰国編 【見送り】

帰国当日、当ブログの【エジプト編の最終回】を更新し終わった後、JICA事務所で挨拶をしました。女性職員が美人ぞろいだっただけに実に名残惜しい。(おっと、つい本音が。)

家に戻り、忘れ物が無いかチェックの後、家主さんにも挨拶。
『お世話になりました。ほな、帰りまっさ。』
「今度、エジプトに来たら必ず電話するのよ。」と、婆さん、涙を流しながらハグハグ。
《オレ、よっぽどエェ店子やったんかいな。家賃が他より高かったんやろか?》
と、勘ぐりたくなるような・・・イヤイヤ、素直になりなさいよ「元・センセイ」。

携帯が鳴った。
『ガワッドさん?どうしました?』
「いや~。ひょっとしてセンセイ、気が変わって、エジプトに残る気になったかと思って・・・。」
『なりません。』

見送りには、ご近所のJOCV隊員のマハ子ちゃんと合気道の生徒達が8人ほど来てくれた。
カイロ空港はチェック・インの前にセキュリティチェックを受けます。(どこでも一緒かな?)見送りはここまで。
このチェックでお土産にもらった「短剣」がひっかかった。
刃がついてなくてもアカンのかね?やむなく、ゲートの向こうのタハ君に返品しました。

さて、いよいよ「本当に最後」です。全員、フェンスの向こうで一列になった。
「セイレツ!・・・センセイに礼!」
妙に湿っぽくならずに、笑顔での別れでした。1 2 3 4

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2008年3月26日 (水曜日)

最終回です・・・たぶん

2年間のエジプト生活は本日をもって終了です。(離陸まで8時間。ブログを更新している場合ではないですが) 滞在中の活動を振り返って、先日「帰国報告会」がありました。 これは、その発表に使った映像です。 私のテーマは(ご覧になればお分かりでしょうけれど)【お気楽に】…もとい、【力まずに】

ということで、さらばエジプト。マァッサラーマ。

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最後の晩餐

アスカラニ君をはじめ、合気道の生徒達には2年間、本当に世話になりっぱなしでした。
せめてもの感謝のしるしとしてエジプト最後の夕食は私がご馳走することにしていました。

2、3人だけを誘うつもりだったのが、話が広まって6人ほど集まってくれた。
メニューはケバブ(炭焼バーベキュー)その他。食事のあとはジュース屋でマンゴージュースとパフェ。

・・・で、結局全部 「ゴチ」になってしまった。申し訳ござらぬ。

「センセイ、またエジプトに来てくれよな。」
『誰かの結婚式のためなら、来てもエェな。』
「本当かい?俺たち全員独身だし、イスラムでは4人まで妻帯できるから、6×4 で24回は来てもらえるってことだな。」

・・・それは無理です。

【写真】 最後のメニュー。アラブの楊枝(木の小枝を切ったもの)。このように使います。1 2 3

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2008年3月25日 (火曜日)

帰り支度

いよいよ明日帰国です。

帰ってからも手続きやらなんやらあって、大阪に帰るのは来週になります。

荷物をまとめて部屋を「元通り」に戻して…。「センセイ、これはオレからの気持ちだ。」、「これはオレから。」、「オレも。」、「オレも。」…。

「気持ち」は有り難いですがね。荷物が、あとからあとから増える。
愛されている、ということを感謝しながら、何とかまとめようとしています。

それにしてもカイロは急に暑くなりました。
昨日の最高気温は38度でした。

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2008年3月23日 (日曜日)

ギザ動物園

家の近くに「ギザ(カイロ)動物園」があります。

かつては中近東一の規模だったとか何とかですが、若干動物の種類に物足りなさを感じました。飼育係にチップを渡せば色んな動物にエサをやったりライオンの子供を抱っこしたり出来ます。動物達の健康に悪影響は無いのでしょうかね?2_2 1_2

以前、生徒のひとりから「センセイ、ギザ・ズーにはジャパン・ハウスがあるんだぜ。」と聞いておりました。今回の見学の目的はそれ。
昭和天皇が皇太子時代(1924年)に当地を訪問されたときにゲストルームとして作られたとか。しかし、日本風というには…若干厳しいデザインです。 3_2 4_25_2

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サプライズ2

エジプトの海沿いの街は「シーフード」が美味しい。ポートサイード、イスマイリア・・・。アレキサンドリアも例外ではなく、色々と店があります。

なかでも、アブ・アシュラフという店は有名らしい。カイロから遠征してきた連中とそこで昼食を摂りました。

その店はかなりローカルな通りにありました。魚屋、包丁研ぎ屋、鳥屋(ウサギも売ってた)などと並んでいます。4 綿菓子売りも歩いていました。1 3 2

店頭の冷蔵庫(砕いた氷に魚を突っ込んである)で魚を選んだらすぐ横で捌いてくれます。それにしてもDr.マルグシは実に幸せそうな顔をして食べることよ。6 7 5

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サプライズ 1

数ヶ所の巡回指導地で順次「最後の授業」をしています。
昨日、アレキサンドリアへの最後の訪問を終えてきました。

私にとってアレキサンドリアは、この2年間で一番思い入れの深い場所となりました。自分の合気道を一番受け入れてくれたし、これからもよりよい方向に発展させながら継承してくれると思います。

その日は休日。
ガワッドさんと二人の、午前の稽古を終わって、「センセイ、街まで出て【お茶】しよう。ところで、【サプライズ】は好きかい?」
『なんのこっちゃ分らんけど、面白いことは好きやで。』

「カルフール」のあるショッピング・モール内のコーヒーショップでくつろいでいると・・・。

「センセ~イ!」と、9人ほどの一団が走り寄ってきた。よく見るとカイロのクラブのメンバーたち。
『なんじゃ、あんたら?何でここにいてるんや?』
「驚かせようと思って昨夜1時にカイロを出てきたんだ。朝の4時に着いた。みんなで昼飯を食ってその後、稽古しようぜ。」

まあなんと物好きな・・・。それにしてもありがたいことですな。A

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2008年3月18日 (火曜日)

日銀総裁候補

日本のニュースはNHKのインターネット版で読んだり聞いたりしています。

日銀総裁候補の記事の《田波氏》が《タハ氏》と読めて仕方ない。ラジオ版を聞いて納得・・・て、アホげなことを書いている場合ではない。早く荷物をまとめなければ!

あと8日。

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夜景

カイロ市内の主なビルディングやモスクはライトアップされていて美しいです。これまでに撮りためた写真を何点か・・・。

Dまず、アッバセイヤにある、【ヌール(光の)・モスク】
私はライトアップされたここがエジプトで観た中で一番美しいと思っています。B_2 A_2
次はカイロ大学とその前でジャレあうマルちゃんとタハ君の仲良しコンビ。

                                             ギザの【フォーシーズンズ・ホテCル】、大手携帯E電話会社【モビニール】のツFインビル。オーナーはここの最上階の5フロアーを住まいにしている、超々お金持ちらしい。次に、【エジプト・バンク】、【外務省のビル】と【テレビ局】。

Earthatnightafrica_t最後に・・・【アフリカ大陸の夜景】 ヨーロッパが全体に明るいのに比べて、アフリカ大陸はエジプトのカイロあたり(ナイル川沿い)と南アフリカが明るいですね。     

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