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2006年3月29日 (水曜日)

ついに出発しました・・・

12時間のフライトを終えて、午後4時に中継地フランクフルトに到着。ホテルの部屋で書き込んでいます。日本とは7時間の時差があるそうなので、眠たいはずなのですが目が冴えています。

フライトは快適。エコノミーでも食事にアルコールは出るし(ワインをおかわりしてしまった)、各席にTVが付いてる。TVのプログラムも、映画だけでも10本以上あるし、飽きることが無い。おまけに私の席はエコノミークラスの最前列だったので、足元広々、離着陸の時には客室乗務員のお姉さんが向かい合った席に座ってニコニコしてるし・・・。

シェラトンホテルは空港の目の前で、部屋もきれいで大きい。先日行った、K.F.大のT口君の下宿の2倍はあります。部屋着とスリッパはさすがに置いてない。飛行機から『ペチッてきた』 スリッパが役に立つ。ダブルベッドで枕も3つ並んでるし、持て余すほどでかいけど、こっちの人がまた私(身長182㎝)が見上げるような人がウジャウジャいてるから、これが普通なのかしらん。

チェックインの時に「インターネットを使うか?」と訊かれたので「Yes I do」と答えたら、「クレジットカードを拝見」ときた。海外は『VISA』か『Master Card』やね。持ってきておいて助かった。

さて、いよいよ明日はエジプト入国・・・・・。

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2006年3月26日 (日曜日)

『小』 壮行会

今日のおまけ・・・

浩子さん(嫁です) と愛子さん(嫁のお母さんです)と三人で 『最後の晩餐』 をしてきました。  「気を付けて、頑張ってね」 「アフリカは危ないんでしょう?」・・・・激励と応援をいただいた乾杯の後、「おかあさんも元気で・・・。ところで最近の TV は面白いドラマをやってますか?」 と話をふったのがきっかけ。その場は一転、母娘による、『大』 韓流ドラマ評論会と化してしまった。 「秋の童話」「悲しき恋歌」「チャングムの誓い」・・・・・。 

かくして 「ヨン様、ビョン様、チャン・ドンゴン・・・」 の前に、「ケン様」 は玉砕してしまった。

英語に『soap opera』 という単語がありますが、韓国ドラマが女性に人気なのはまさにその路線を踏襲しているからでしょうね。往年の「赤いシリーズ」みたいな。

soap opera といえば、『レモ 第一の挑戦』 という映画を思い出します。老師匠役の「チウン」は伝説の武術『シナンジュ』の達人にしてTVの『昼メロ = soap opera 』 の大ファン。メチャメチャ強いのにお茶目なところが、うちの阿部先生や翁先生とイメージがダブります。「息」の大事さを教えたり、「米」を食することを教えたり・・・。 うちの門下生の皆さんは一度ご覧あれ。

では、今度は本当にしばらく休みです。無事に再開出来ますように・・・。

南無合気大神

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最終日

昨日は出発前の最後の稽古でした。先生のお誕生日のお祝いと、昇段審査が重なったこともあり大勢の参加者で賑やかに、にこやかに、『祥氣』 に包まれた時間でした。  『大』 壮行会のときに応援団長に体験入門に来るように誘ったのですが、ホンマに来てくれたのにはちょいと驚きました。 先生も珍しいゲストに喜んでおられたし、団長も刺激的な時間を過ごしてくれたように見えました。 感想を聴いてみたいものです。

餞別、色紙、お守り・・・ たくさん頂戴しました。ラブレター(?)まで。もう少し湿っぽくボロボロになるかと思っていたけど、皆が普通に接してくれたので 『技は厳しく、稽古は楽しく・・・』 をまっとう出来ました。本当に、本当にありがとうございました。

稽古着を洗おうとしたら腋の部分に妙な汚れを見つけました。「何でやろなー」 と言っていたら嫁が 「オッサンは汗の代わりに変な汁が出てるんと違うか?」 。・・・ん~、否定しきれへんのがつらい。

さて、いよいよ明日は上京、明後日は成田からエジプトに発つのでしばらく休み。 再開の予定は全く見えてません。 ではそのうちに。

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2006年3月25日 (土曜日)

焼肉は鶴橋、落語は米朝・・・

子供のころから、一番のご馳走は 『焼肉』。 焼いた後でタレをつけるのではなくて、最初からタレをもみ込む 『鶴橋スタイル』。 チェーン展開している 『牛角』 もメニューが豊富で何を注文しても喜んでくれるし良いですが、自分のよく行く店は鶴橋の 『やぁむ』。 タンツラが美味い。 昨夜も行った。次は2年後。 ただ、『冷麺』 をおいてないのが辛い。

『冷麺』 といえば、先日初めて入ったラーメン屋のメニューに 『冷面』 がありました。 700円も出してそんな顔を見せられてもイヤなのでマーボー丼にしました。 マクドナルドは『スマイル=0円』 。安いわな。

今年の8月に完成予定の落語の定席が『天満天神繁昌亭』。 設立基金を寄付すると提灯に名前を入れて館内に飾ってくれます。 2口やっちゃいました。 小野は消え去っても名を残す・・・。 何百個の提灯の中から『羽曳野道場』の名前を探すのが今から楽しみやね。

落語が好きです。 聴き始めたのは枝雀さんでした。(枝雀さんも吉朝さんも亡くなった。惜しい人を・・・合掌) でもやはり米朝さんを聴くと(自分から見れば)他の人はかすんでしまいます。正統派、基本、固いカッシリした技、楷書・・・のイメージです。そこから応用、変化技が生まれる。枝雀さんのは行・草書を通り越した、もっと自由な表現でした。 同じことは翁先生やうちの先生の書にも言えると思います。 基本が無ければ応用技も流れの技も無いわけで…、と、こういうことはアラビア語でどうやって説明するんやろか? 

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『大』 壮行会

先週あたりから 『ちょっと飲みにいきましょうか』 とか 『一緒に晩飯でも』 という話を頂いてばかりで、肝臓が奈良漬のようになりかけてます。 でもうれしい。 2年分の酒を飲んで、好物の 『豚肉』 も食い溜めする勢いの毎日。 まるで自分を入信させないためにあるような戒律ですが、実際の生活はどうなることか…。 でもエジプトはそのイスラム教が成立する何千年も前にピラミッドを造った人たちの国だから何か超越したものがあるんだろうと期待しています。

14日の 『吹田道場引退興行』 にもたくさん稽古に来てくれましたが、(そういえば飲み代をいくらか立て替えていた気がするが…ま、Pay it forward ということで) 21日の『大』 壮行会は心の底からシビれました。『十数年ぶり』 に会う人もいて、同門の多くの人に集まってもらいました。 人生で最高に幸せな一日でした。N野君には、「生前葬みたいですね。」 と言われましたが。 それにしても、うちの応援団長は 『男前』 やね。全身の血が沸きかえるような 『熱い』 エールでした。

嫁さんには 「あんた二次会のとき、一次会と同じこと話してたで」 と指摘されました。『同じ話』 に付き合わされたみなさん申し訳ない。実は最後の挨拶以降、何を喋ったかよく覚えておりません。意味のあることだったら良いけれど・・・・。

同じ釜の飯を食べた仲間の、縦のつながりと横の広がりの大切さ、ありがたさ、が身に沁みた一日でした。横の広がり…エジプトまで上手く広がりますように。

                                    

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2006年3月24日 (金曜日)

荷造り

やっとエジプト行きの荷物をまとめ終りました。お世話になった人に手紙を書いたりしながらの作業だったのでなかなかはかどらなかったけどなんとか終了。

手荷物は40㎏までなのですが、最後の1kgがなかなか削れない。ボクサーにでもなった感じ。ヌンチャクとか手裏剣を置いていけばすむ話やけど、それはイヤやし・・・。結局、「スーツは着る機会もなかろ。」ということで残ってもらうことに決まり。

『稽古着とパソコンだけで行く』などと言っていた割りにはあれもこれもと、未練がましい自分もまた可愛い。でも、木剣と杖だけで9kgはちょっとやりすぎかな?

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2006年3月23日 (木曜日)

お笑いブーム

テレビを観ていると色々な『若手芸人』が出ています。 でもあまり面白いのはいないですね。 全国区を目指すと『味』が薄まります。 もっと実力をつけてから売り出せば良いのでしょうが、とりあえずテレビに出ればよい、という風潮でイヤですね。 往年の『MANZAI』ブームを思い出します。

観ていてふと思い出しました。 何年か前に、合気道の講習会で名古屋に行った時に駅構内で 『本物の長州力』 を見つけたので、「長州!!」と言いながら『諸手取り』(両手で相手の片腕の前腕部を掴む) に、いったことがあります。 酒臭い息で、木剣と杖を担いだまま・・・。 自分の中ではプロレス会場で少年ファンがレスラーの体を叩いているノリだったのに・・・。

「何するんだ!この野郎!!」と怒鳴られました。

俺、結構『大したもん』なのかもしれない・・・・。

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2006年3月22日 (水曜日)

国外追放・・・

何年もの間,自分の気持ちの奥深くにあったモヤモヤしたものが,自分の身の回りに起こった様々なことの影響で徐々に一つの方向に向き始めて,ついに一歩を踏み出して『シニア海外ボランティアに応募する』という,はっきりとした形を見せたのが,昨年の7月の末。 「単身赴任のつもりで待っていてあげるわ。2年なら今時短い方やろ。」の声に背中を押してもらい,それ以来嫁と2人でああでもない,こうでもない,とエジプト話をしては盛り上がってきました。

「派遣決定」の最終の合格通知は今年の1月末。事前研修だの予防注射だの渡航準備に忙しく動きながらも連日の「壮行会」とか「送別会」とか・・・。

で,いよいよ28日には成田から国外追放処分となる身であります。

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