« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »

2006年4月30日 (日曜日)

自炊か外食か・・・

今日、ADSLというやつを契約しました。2~4週間後に利用可能になる、はずです。電話で申し込んだのですが、契約書を持ってきたのが英語の通じないおっさんだったのでかなり不安。電話で『My name is KENJI  ONO.』と言ったのに契約書が『Mr. KEM  GIOMO』なんて、イタリア人みたいな名前になってるし・・・。明日、確認しなければ!

明日といえば・・・。明日はいよいよアラビア語講座の最終回&正式赴任(予定)です。以後、アラビア語は日常での独習&実地訓練です。合気道の方も、明日、こちらの合気道連盟から私の巡回スケジュールを受け取ります。『オノセンセイは5段の凄いセンセイらしいゼ。ショクラン・アウィ』『へー、そりゃ楽しみだゼ。アッサラーム・アレイコム。』などと、噂ばかりが先行して皆の期待は最高潮みたい・・・。ま、お気楽にやりましょ。

自分としたことが、うっかりご飯を炊くのを忘れていました。仕方ないので今夜は外食。炭水化物の固まりみたいな『コシャリ』(マカロニと米と豆とスープの混ぜご飯)は、1杯£E2 (約40円)。これで腹一杯になるから、食材を買い揃えて自炊するのとどちらが良いだろうか・・・などと考えてしまいます。

先日、(関西出身ではない)日本人に言われましたが、エジプト(カイロ)は大阪のイメージとダブるそうです。特に外食産業が安くて充実しているところが。「だって大阪の人って『お好み焼き定食』とか『焼きソバ定食』とか食べるんでしょ?『コシャリ』と変わんないじゃん。」 安くて美味くて腹一杯。合理的、現実的なのでしょうね。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年4月29日 (土曜日)

正式名称は・・・

街をブラついていると『何者だ?この東洋人は・・・』という顔でジロジロ見られます。大阪の下町なら間違いなく喧嘩になっています。そんなときは、ニッコリ笑って『アッサラーム・アレイコム (こんにちは=あなたに平和が訪れますように) 』と挨拶をします。すると必ず、『ワ・アレイコムッサラーム (こんにちは=あなたの方にこそ平和が訪れますように) 』と微笑が返ってきます。昨日はそれでおやつを『ゴチ』になったわけです。

街では一日中、やたらに『アッサラーム・アレイコム』を連発しています。イスラムの教えの良いところです。・・・もっとも、穿った見方をすると、昔、平和でない時代が続いたからこそこういう挨拶が定着したのだ、ということが言えるかも知れません。でもこういう気持ちで毎日を生きていくのは非常に良いことだと思います。

以下は私見ですが・・・自分自身を律する、強い「何か」をもっている人は、周囲とも協調して平和に生きていける、と信じています。ただ、その「何か」は (それが宗教であるかどうかに拘らず) 排他的であってはならないでしょうし (他人をおとしめても自分だけが良ければ、というようなのはダメでしょう)、万人に受け入れられ得るような価値観を具えていることが望ましいでしょう。・・・要するに私にとっては、合気道 (翁先生スタイルの合気道、翁先生を忘れない合気道) は素晴らしい、その「何か」である、と言いたいわけです。

と、そんな『深いところ』まで、残り23ヶ月の任期の間にこちらの『合気道マニア』たちに話ができれば良いなぁ、などと考えています。

ところで・・・・。私は 【シニア海外ボランティア】 です。それが正式名称です。『中高年海外協力隊』 というのはあくまで仲間内で、「シャレ」で言っているだけです。「判りさえすりゃ名前なんか何でもええやんけ」という気もしますけど。 道場のHPを見て、椅子からずり落ちそうになりました。これはやはり早急に修正依頼のメールを出さなくっちゃ。 KF大のHP管理人のS山さんも、お願いしますよ。

ではまた。アッサラーム・アレイコム。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年4月28日 (金曜日)

荷物が揃いました

別送手荷物 (アナカン) が通関手続きを終えてやっと昨日届きました。稽古着のスペアが無くて困っていたのでこれで一安心です。

マスコットのぬいぐるみの【ピンクの仔豚の『ベブ枝』】ちゃん ( ←プレゼントしてくれた人に因んで命名した) にも再会できました。相変わらずよく太っておる。マジメに就活してるか?

荷物を抜かれることも無く全て無事でした。もっとも、日本語の本やDVDなどはちょろまかしても始末に困るだけでしょうけど。パンチング・グローブやミットは・・・マニア向けやし。荷物の整理も完了したので次の日曜日から本格的に活動を開始します。髭ヅラと自宅の写真は近日公開予定。

公式スタートの前に『お試し期間』として昨日まで3回の稽古に出ました。説明をするときは、私の日本語または英語を先輩がアラビア語に翻訳します。・・・何処かで見たような光景ですね。こんなことでは自分のアラビア語は白帯のまま終わりそう。みんな熱心ですが、体格がやたらに良くて、筋肉の塊みたいな人間が多いです。技を教えたら強くなってしまうので、ここは秘密の【適当にウソを教える作戦】で2年間、お山の大将の座を守らなければなりません。今まで20年間やってきたように・・・。

稽古の後の雑談で、『実戦的な技を教えてくれ』『ストリートファイトではどうやるんだ?』という質問が多くて閉口しています。「映画館に行ってスティーブン・セガールさんのフィルムを観てこい」と言ってやるのですが、『オーサカのジューソーに道場があるそうだな』と訊かれてちょいとオドロキ。

昨日、買い物の帰りに、道端でおやつを食べているおじさんたちに声をかけられました。見るとアエシ(エジプト風のパン)のサンドイッチを食べています。『オメェもどうだ?』 そんな意地汚いことは・・・結構好きなので参加しました。食いしん坊万歳。『エジプシァン・フードは美味いだろ?』「ダ・クワイエス・アウィ。ショクラン (It's very good. Thank you.)」覚えたてのアラビア語がウケたのでお代を請求されることも無く、なごやかに別れました。さよなら、の挨拶も『アッサラーム・アレイコム』 こんにちは、と同じです。ついでに、「全日空 = ANA」は「私」、「アイワ」は「YES」の意味になります。

ではまた・・・。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2006年4月27日 (木曜日)

爆破テロ

二日前にダハブの街で爆破テロ事件がありました。多くの方々にご心配をおかけしました。ごく一部の方の期待を裏切って、私のいる首都カイロはまったく平穏無事です。

最近新聞もテレビも見ていないので詳細な情報を得ていませんが、こういう事件が起きると即座に携帯電話を通じてJICAや大使館から緊急連絡が廻ります。またJICAは関係者の所在や安否を徹底的に追跡確認します。今回も事件発生の数時間後に携帯電話が鳴りました。

事件のあったシナイ半島の街ダハブはカイロから数百キロ離れたリゾート地です。詳しくは『地球の歩き方』を参照してください。在留邦人の強い味方。とりあえず今回はこちらには全く影響がありませんでした。ただ、事件が続くと大使館から邦人に対して渡航や国内の移動に制限が出されることがあるのでそちらがちょいと気がかりです。

マイホームは落ち着いて充実しつつあります。自炊も始まって順調。やはり米のある暮らしはありがたい。『エジプト米』も結構美味いです。1kgで45~70円ぐらい。

今日4月26日は翁先生のご命日なので、ビールを買ってきて供えます。久しぶりのアルコールです。つまみは屋台で買ったスイカとメロンの種。ビールは500ml×24本で120£E(1£E≒\20)。

インターネット高速・安定化作戦は遅々として進んでおりません。ま、ボチボチと・・・。

では。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年4月25日 (火曜日)

顔見せ興行

日曜日の夜の『通常の稽古』に参加してきました。

私が巡回する予定の3ヶ所のうち、未だ挨拶に行っていなかった最後のクラブです。

ポリスクラブといって、元の警察学校の敷地(学校は移転した)にあります。プールや体育館などの設備をそのまま使っているようです。稽古には20人ほど集まりました。有段者は7~8人。初段以外では4段が1人、3段が1人。今回は『偵察だけ』のつもりでしたが許してくれるはずもなく、最初の30分は4段のリーダーがやって、あと約90分は『オノセンセイ』のデビュー戦になりました。いつもの、『お笑い合気道』での一幕・・・。

久しぶりの日本人インストラクターへの心遣いもあってか、なかなか好評だった・・・ように見えました。ただ、時間が遅くて、開始が午後9時。終了が11時。雑談して帰宅が午前0時半でした。3ヶ所ともスケジュールは同じなので、これが2年間続くのかと思うと、ちょいと憂うつになる。

ところで、写真を添付したいのですが上手くいきません。ビッグボディ@サポート部隊、ヘルプ・ミー。

自宅の片付け、清掃、日用品の買出し・・・。生活環境は全て整ったので、残る課題はネット環境の安定と高速化。合気道の本格スタートは5月1日~目標。

メールやコメントを頂戴している皆さん、ありがとうございます。見てくれている人がいる、と思うと力が湧いてきます。これからも何卒ご贔屓に・・・。

大学の合気道クラブ、サークルの皆さん、がんばって勧誘してたくさん仲間を増やしましょう。合気道は言葉を超えた共通語。世界があなたを待っています。

では、アッサラーム・アレイコム・・・。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年4月22日 (土曜日)

引っ越しました

苦労の甲斐あって(?)やっとアパートが見つかりました。

場所は私が巡回指導する予定の3ヶ所のスポーツクラブのうち、メインで考えているところのすぐ近く、歩いて2分ほどのところです。間取りは8畳ぐらいのベッドルームが3部屋。20畳ぐらいのリビングが2部屋。台所、バス・トイレルーム1、別にトイレがもう1つ。6階建ての1階。1フロアに1軒の作りです。日本の私のマンションの2倍か3倍ぐらいの広さです。10人程度なら合宿しても十分なぐらいです。早い話が、持て余しそうです。家賃は日本円換算で約57,000円。合宿でも、観光でもエジプトのお宿は「ホテル・ビッグフェイス」へ是非 !!

アパートを探すには、ビルの玄関番のおじさんに直接当たる方法と、不動産屋に依頼する方法があります。今までは知り合いのつてを頼ったりしていたのですが、家賃が高かったり、場所が悪かったりでした。今回は(手数料は掛かるものの)不動産屋の紹介。やはり「仕事が速い」。

今までにひとつ、良い線まで話をしたところは『場所が悪い』と事務所の現地人スタッフに却下されました。地図を示したとたん、「la,la,la,la,…(no,no,no,no,…)」「その町はたとえMr.ONOでも危ない」そうです。「留守中に必ず空き巣に入られるぞ」と。・・・お前ら『カイロは治安が良い』て言うてたやんけ。ま、それはともかくその(却下された)アパートの大家さんは敬虔なモスリムでした。『Mr.ONO You must keep our custum in Egypt.』 「Yes I will.」『女の子連れ込んじゃだめよ』「I'm married.」『ワイフはO.K.よ』「あぁさよか。」『お酒もエジプシァンと飲むのはいけないわ。』「一人で飲めばいいんでしょ」・・・いい人だったのですが、まわりの環境がよろしくなかったらしい。本当の話ですよ。

3週間の間いろいろありましたが、とりあえず家も決まったことだし、明日から住環境を整えながら(とりあえず飯を炊く釜を買わなくては)ボチボチと活動開始しましょう。家探しに付き合ってくれたナニちゃんの家でランチ(3時半頃だったが)をよばれたのでそのときの様子を今日のオマケにつけましょう。私のヒゲもついでに初公開。

・・・と思って何度かトライしてみましたが、上手くいきません。自宅からのダイヤルアップだから?よく判らぬまま写真は後日、ということで。ではまた。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年4月21日 (金曜日)

初稽古(再度)

金曜日はイスラムの休日に当たるので、こちらは金、土曜日が『週末』 です。

ブログの更新はそのときに時間をかけて行うようにしています。先週も2時間ほど掛かって記事を書きましたが、操作ミスでパーになっちまいました。

教訓・・・データの保存はマメにするべし!

・・・で、以下はそのときに載せるつもりだった記事です。再度挑戦。

4月13~15日にかけて合気道の講習会がある、というので見学してきました。初日は見学のみ。二日目は午前午後と稽古。三日目は・・・パス。2006042101 2006042102

講師はフランス人の五段の女性(クリスチャン・トシュ氏門下)。こちらの女性会員はヒガーブ(イスラム女性のベール)を被ったままの人もいます。稽古は夜8~10時。終わってから『打ち上げ』がありました。お国柄、酒は無し。コシャリ(エジプト風混ぜご飯)とペプシ(アラブ語はP音がB音になるようですが)でいやにもりあがること・・・。この国の印象は(特に以前いたパプア・ニューギニアに比べて)平和なことですが、飲酒の習慣が無いことが非常に大きく影響しているようです。初日、最終的に解散したのは夜中の12時半ごろでした。2006042103 2006042104

こちらの感覚では12時はまだ『宵の口』みたいです。会場の『スポーツクラブ』は会員制で、各種ボールゲームや屋内の体操、乗馬・・・いろいろなスポーツを楽しめます。レストランや映画館を備えたところもあるらしいです。街のあちこちに点在している、社交場のような施設で、英国、欧州の文化でしょう。一般庶民は(会費が高価なこともあって)入りにくいです。・・・個人的な好き嫌いを言ってもしようがないですが、ま、『フェンスの中は別世界』です。避暑を兼ねて皆(子供をふくめて)夜遅くまでウロウロしています。特に休日前の木曜日の晩など。ゲートは夜中の2時3時に閉めるそうです。

肝心の稽古ですが、・・・あんなものでしょ。会員はみんな熱心で且つ楽しそうだし、私の本格的な活動開始を楽しみにしてくれていますし。とりあえずそれで十分です。道場はフェンスで囲ったところにトタンやキャンバスの屋根を被せただけのところもあるので、そういうところでは、どうしても砂埃が入る。一回の稽古で道着が雑巾のように汚れてしまいました。写真ではハエがとまっているところまでは見えませんが。2006042105 2006042106

メンバーの中に一人、『シンガポール合気会』『心柔会』のワッペンをつけている人がいたので話を聞いてみたら、「以前シンガポールで働いていたときに合気道を始めた」とのことで「ハリー先生」「フィリップ先生」など、我々の道場でも馴染みのある名前が出てきました。いや~世界は広いが業界は狭い。それとも私の顔が広すぎる・・・・かな?2006042107 2006042108

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年4月12日 (水曜日)

ブラブラと・・・

平日の昼間に街をブラブラしています。時々、「中国人か、韓国人か」と声をかけられます。「アナ、エル・ヤバーニ  (ワタシ,ニッポンジン)」と言うと結構喜びます。対日感情は良好。

街の人は大抵洋服を着ています。民族衣装は10%ぐらい? 男性用のは「ガラベイヤ」といいます。『死亡遊戯』に出ていた、「カリーム・アブドゥル・ジャバール」の格好です。マニアにしかわからない説明ですが。 女性は洋服でも髪の毛を隠している人が多いです。『君の名は』みたい・・・誰も知らんか。 顔立ちは美しい、桂枝雀さんいうところの『シュッとした人』が多いです。まことにありがたいことでございます。もちろん、わが門下の女性たちには及びませんが。 ・・・・黒ずくめの人も結構います。ダースベーダーが団体で歩いているみたいです。

車は、プジョー、フィアット、ベンツといったヨーロッパ車と、韓国製を多く見かけます。ほとんどの車は走っているのが不思議なほどボロボロです。日本車は高級な部類のようで、へこんでいるのも少ない。実用車として、スズキの軽トラはよく見かけます。なんとなく嬉しい。私の後輩も勤めてるし。街中は駐車場が少なく、路上のわずかなスペースに神業的な、また強引な停め方をします。だから凹む。馬車も走っています。写真のものは観光用ですが日常的に荷物も運んでいます(ロバが多い。ただしパンは運んでない)。やたらに写真を撮れないので残念ですが、まぁそのうちに…。バイクは「JAWA」(スペイン製?)をよく見ます。白バイはヤマハとスズキでした。

地下鉄にも乗ってみました。日本の援助で出来たせいか、なぜか地下鉄は左側通行でした。車両は日本製(近畿車輛)。料金は75ピアストル( =75/100 £E)。約15円で『1回』乗車できます。

JICAの関係者は、連絡用に携帯電話を貸与されます。日本にも直通でかかります。でもそれじゃあ、『海外に居る面白さ』が無い。ではこのブログはどうなるの?と言われるとつらいですけど。携帯は、英、仏、スワヒリ、アラビア語に対応しています。アラビア語に変えていじっていたら、元に戻すためのメニューもアラビア語になったので読めなくなってしまい、マニュアルを見ながら30分ほどかかってやっと回復しました。なんだかんだと言っても、やはり外国語は英語が安心出来ますよ。

2006041206 2006041207 2006041208 2006041209 2006041210 2006041211 2006041212 2006041213 2006041214

| | コメント (3) | トラックバック (0)

家なき子・・・

アパートを探しています。アパートの数は大変に多く、空き部屋もこまめに当たれば結構あるようです。ほとんどのビルの入り口には門番のおじさんが腰掛けていて、雑用をしたり、出入りの人間をチェックしています。

『部屋を探してますよ』という顔をしながら街をブラついていると、「apartment?」または「flat?」と声をかけてきます。「Yes」というと心当たりのところを案内してくれます。しかし、実際に部屋を見ると手入れの状態など、なかなか厳しいものがあります。その上、エジプト人の特徴で値段をかなり吹っ掛けてくるのでなおさらです。さらに、あちらはアラビア語でまくし立ててくるわ、こちらはあやしい英語で応じるわで話がぜんぜん進まない。

そんなわけでアパート探しに関しては、こちらの合気道の会員にも助けてもらうことにしました。『早く稽古を始めてほしいならアパートを探すのを手伝ってくれ』これは英語で何とか通じた。

日本の英語教育がどうのこうのという議論がありますが、今の中学生レベルでも十分コミュニケーションはとれますよ。アラビア語だらけの中で、英語の通じたときの、なんとありがたいことよ。でも、会話する能力とコミュニケーションがとれる能力は違いますからね。実際、うちの先生は強烈な関西弁で、南米、フランス、ロシア、アメリカ…で指導しておられるでしょう? …だからといって、それがアラビア語の勉強が進まない理由にはならないですが。

アパートの方は連絡待ち、ということにして今日は授業の後、町の散策に。(勉強せんかい!) カイロ・アメリカン大学で地図を買いました。入り口でIDカードを預けて、売店に荷物(風呂敷包み)を預けて・・・。

正門前のマクドナルド、ケンタッキー・・・、ピザハットの写真を撮ったところで警官に怖い顔で止められました。公共の場所での写真撮影にはくれぐれもご注意を。

2006041204 2006041205

| | コメント (1) | トラックバック (0)

山本君

私は今回はSV( シニア海外ボランティア =40歳以上が対象)に参加していますが、パプア・ニューギニアにはJOCVとして派遣されていました。

JOCV (青年海外協力隊) は、年間に何回かの派遣があります。それぞれに数ヶ月間の合宿訓練があります。参加年度と隊次を「62-2」、のように表します。JOCVの経験者、というだけでも妙に懐かしいような、連帯感のようなものを感じます。ましてや、同隊次、または同じ任国に派遣されたもの同士となると大学のクラブ並みの仲間意識があります。

そんなわけで、同じ隊次の山本君(ケニア、ブルガリア=柔道 & マラウイ=調整員)にこの地で再会したときは本当に驚き、喜んだものです。エジプトの柔道といえば、ロス五輪の「ラシュワン選手」を思い出しますが、山本君の同僚だそうです。

奥さん(日本語ペラペラ)とはブルガリア時代に知り合ったそうですが、『山本ルボフ』で検索するといくつかHITするような(元)格闘家、とは思えないほどかわいい人です。先日、腹を立てて浴室のドアを「蹴り破った」らしいですが……。小学校1年生の娘さんは、お父さんや私には日本語で、お母さんにはブルガリア語で、学校の宿題は英語で話します。2歳の弟はスワヒリ語も少し知ってたりします。 …『祖国は国語』の信念が少しグラつきます。

2006041201 2006041202 2006041203

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月10日 (月曜日)

洗礼…

日常の移動には今のところ、タクシーを使っています。衛生状態については注意するように言われていましたが、どうもシートに潜む『ダニ』に咬まれたようで、腰から太ももにかけて赤いプツプツが…。薬局に行って「I had incect bite.」 と言ったら、出された薬が・・・・。そのまんまのネーミングです。価格は3£E (約60円)。

2006041001 2006041002




私が現在滞在しているホテルは、カイロ市内のナイル川の中洲にある、『ゲジラ島』の『ザマレック』という地区にあります。島の西の端、『7月26日橋』のすぐ近くです。『グーグル・ローカルグーグル・アース』 を使うと、パソコンでもかなりの部分までクローズアップで見ることが出来ます。

一昨日は島の南半分をぶらつきました。気が付くと4時間も歩いていました。ゲジラ島は元々貴族の屋敷が立ち並んでいた地区だとかで、その建物がそのまま各国の大使館や学校になっていたりします。なので警察官がやたらに多い。100~200mおきに何人かいます。徴兵制があり、軍隊か警察にいくようです。婦人警官は見たことがありません。そういえば「ウエイトレス」も見たこと無い。警官は自動小銃を持っています。装填してあるのかどうかは判りません。確認するつもりもありません。鞘は着けていますが銃剣を装着している人もいます。

200604100320060410042006041005




昨日は、山本氏がアパート探しを手伝ってくれました。彼には本当に世話になりっぱなしです。彼の柔道の生徒の「ナニ」ちゃんが通訳してくれました。元、ハンマー投げの選手だそうです。写真は昼食の様子。エジプト風パンのサンドウィッチとスープ。小皿の中のゴマペーストをつけると美味。

山本氏の奥さんがまた【スゴイ人】なのですが、彼女のことはまた次回に…。

200604100620060410072006041008

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年4月 7日 (金曜日)

10日経過・・・

上陸して10日が経過しました。

今日金曜日はイスラムの「日曜日」に相当するので、『授業』は休みです。

重複する部分もありますが、今までに気づいたことやら、何やらを・・・。 ただし、おおっぴらに写真を撮る度胸はまだ無いので、隠し撮りを何枚か添付してみましょう。

街の様子:やたらに人が多い。国土面積の割りに居住可能な地域が狭いせいらしいですが、朝から喫茶店で水タバコなどやりながらのんびり過ごしている人も多いです。

交通:運転は荒っぽいです。私は大きな道路を横切らなければならないときは、冗談でなく、自分がいつも左手につけている数珠を手繰っています。小型の乗り合いバスも完全に停車することはほとんどなさそうで徐行だけ。皆飛び乗り、飛び降り、客はあふれて、車体が片方に重みで傾いてる。

車輌:JICAの入っているビルの裏にスクラップ屋街があって、一周したら1台組み立てられそうです。『車検制度?もちろんないですよ』と言われた。

ホテル住まい:家を見つけるまで続きます。リミットは今月中。稽古も本格的なスタートはそれから。部屋の中での素振り、腕立て伏せ、四股踏み…。エレベーターをやめて階段を使うとか、あぁ~動きたい。

テレビ放送:BSでヨーロッパの放送や中近東の放送全般が受信できます。NHKも当日の朝7時のニュースがこちらの朝6時に流れています。

偶然!:19年前にJOCVの同期だった山本氏(元柔道隊員)と会いました。世界は広いが業界は狭い。一昨日は、おにぎりとみそ汁でもてなしてくれた。さすが!わかってくれてる。彼の奥さんはブルガリアの元柔道選手。「ツヨカワイイ」

今日のオマケ…(隠し撮り)写真を適当に並べてみましょう。イマイチ慣れていないのでずれてしまった。N原君、フォローよろしく。  ではまた。 

2006040701 2006040702 2006040703 2006040704 2006040705 2006040706 20060407072006040708 20060407092006040710

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年4月 5日 (水曜日)

アラビア語

アラビア語、2日目。挨拶の仕方など・・・・。

頭がいっぱいいっぱいです。生駒山の『暗がり峠』を越えたときの原チャリのエンジンのように悲鳴を上げています。

JOCV = 【青年】協力隊の人たちは、若いし(今回の隊次は平均25歳ぐらい)日本で70日以上の訓練を受けてきているので街の中でもガンガン喋ってます。

ま、あせらず『ボチボチ』と・・・。

このブログを見てくれている人が結構いるようなので、それが『救い』になっています。ありがたいことです。ちなみに私のメールアドレスは bigface-egypt@nifty.com です。

では、今日は語学の(ワザとらしい)授業風景とオリジナルメニュー『マック・アラビーヤ』、カイロ最大の『ハン・ハリーリ市場(の入り口)』の写真などをオマケに・・・。

2006040501 2006040502 2006040503

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年4月 4日 (火曜日)

新装開店 & 開店休業?

ひさしぶりに BIGFACE-EGYPT @ CAIRO です。

29日に『上陸』して以来6日目。オリエンテーションやら大使館の表敬訪問やら、歓迎会やら・・・。その上に今日からはアラビア語の授業が始まったりして、本来の『活動』が何も始まっていないのにバタバタとしています。

現在は、自分の住居(自分で探す!)が決まるまでカイロ市内のホテル住まい。ちなみに、この記事はホテルの向かいの『ネットカフェ』で書いています。席料は1時間で8エジプトポンド(1£E = 20円ぐらい)。自分のパソコンを『お持込み』出来ることを今日まで知らなかったので、昨日までは店のパソコンでメールチェックだけしていました。後輩の『BIGBODY @ 羽曳野』君にわけのわからん、ローマ字メールを送ってしまったりして。こちらの機械は日本語の入力など当然出来るはずも無く、英語とアラビックのみ。 アル・ジャジーラのTVの字幕そのものです。

ホテルはカイロ市内の真ん中にあって、有名なギザのピラミッドは車で30分ぐらいだそうです。カイロは人口1,400万人ほどの大都市で、車が多くて大通りは排気ガスで息苦しいぐらい。移動手段は専らタクシーです。タクシーがまたやたらに多い。全車両の3割ぐらいのイメージ。料金は、交渉しだい。相場は1kmで1£E ですが、3倍や4倍は平気でふっかけてくる。でも、毎日トラックに乗るのが仕事だった自分でもここでは運転する自信は無い。

渋滞もひどくて、3車線を4台が入れ替わりながら走っている感じ。阪神高速の湊町合流付近のバトルのもっと乱暴な感じ(大阪人にしか分からない?)。道路を横切るのも命がけ。皆、数cmで身をかわしています。打撃系の格闘技をやらせてみたいね。

朝は5時ごろにコーランの朗誦(唱?)が街の何処かのスピーカーから聞こえてきます。昼の礼拝の時間には街のあちこちでお祈りをしている人がいます。でも、決して街中の機能がストップするわけではなく、戒律に縛られているような印象は無い。女性の衣装も華やかでカラフルな人から、全身を覆って目だけをだして、手袋までしている『黒い塊』のおばさんまで様々です。

ヨーロッパ、中近東、アフリカ諸国から人が集まり、交流するのでいろんな顔立ちの人がいます。観光客も多いです。『エジプト考古学博物館』に行ってみましたが、いろんな外国語が飛び交っていました。英・独・仏・伊・中・日・・・。

でも『何語』、かが分かっても、『何を』喋っているかが分からなければしかたない。 『そんなのは百もしねぇんだ(百文の値打ちも無い)』と、よく茨城弁で叱られたものです。・・・なので、そろそろ部屋に戻ってアラビア語の復習をしなくっちゃ。あぁ、憂うつ・・・。初日は、アラビックのアルファベット28文字のうち、10文字も進まなかった。

写真を添付してみます。上手く出来ますように・・・。機内からピラミッドが見えた時には乗客から大きな歓声が起こった。

では・・・・

2006040401

2006040402

| | コメント (3) | トラックバック (0)

« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »