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2006年7月31日 (月曜日)

あれ・・・?

風邪、治ってませんでした。咳が止まらぬ。夜中でも稽古中でも一旦出始めたら「どうにも止まらない」・・・山本リンダ状態です。(古いな) 食事が不味かったのはやはり風邪が治りきってなかったからのようです。

カイロの街のいたるところに薬局があります。店舗としてはあらゆる職種の中で一番数多く目に付くぐらい。大抵の薬局では英語も通じるのですが、かゆみ止めや日焼け止めと違って、内服薬はちょいと度胸がいる(変なものを買うのが怖い)ので買ったことがない。

JICAのエジプト事務所には「医療コーディネーター」がいてくれるので、助かります。誰もが一目置いている『超・ベテラン』のNさんに連絡して、アドバイスと咳止めの薬をもらってきました。

『いや~、【合気道のセンセイ】が面目ない。熱はすぐおさまったんですがねぇ~。』 「体育系の隊員は世界的に見ても案外身体が弱いですよ。」 『・・・』

とにかく、100%回復したと思えるまでひたすら養生に努めることにします。カイロでは風邪がとても流行っているらしいですから。薬を飲んで、日本から持ってきた、時代劇のビデオでも観て寝ることにしましょう。

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2006年7月30日 (日曜日)

鬼平犯科帳

『理想の上司』というアンケートにタレントの何某が上位に入ったとかいう記事が時々新聞に載ります。上司とする人物に「お茶の間の人気者」のお笑いタレントを選ぶような人には、特に男性には、是非!一度でいいから「鬼平犯科帳」を読んで欲しいものです。

原作もいいですが過去何度かテレビドラマ化もされています。最近は中村吉右衛門がやっていましたがカッコイイです。何よりも、強いし、部下のことを思いやる心が滲み出てくるようです。TVから録画したDVDを持ってきて、こちらで時々観ていますが、いいですね。大好きです。

時代劇を観ると思い出すことがあります。「鬼平」ではないのですが、随分前に茨城で内弟子としてお世話になっていた頃のこと・・・。夕食の後、内弟子連中と仁弘先生とでテレビの「桃太郎侍」を観ていました。スピーディーであざやかな立ち回りの後、主人公がクルクルッと太刀を捌いて鞘に納めます。

私、(軽い気持ちで)『真剣をあんなにクルクル軽く扱えるわけないですよね、先生。』 先生、こちらを(チラッと流し目で)見て、「出来るぐらいにならなきゃいけないんじゃねえか?」 私は冷たいものが背中をタラリ、『・・・そ、そうっすよねぇ。出来るようにならないとダメッすよねぇ。・・・・・・。』 ペチ、なんておでこを叩いたりして・・・。

あの頃は、厳しくも楽しい日々でした。愛情の裏づけのある厳しさ、ユーモアのセンス。腕っ節も強いし酒にも強い。部下(弟子)への細かい心配り・・・。仁弘先生は私にとっての「鬼平」さんです。・・・「吉右衛門」とは(少し)違いますが。

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写真は仁弘先生作の面『ヒョットコ』

「おめぇにそっくりだな。やるよ。」・・・今、うちのリビングに飾ってあります。

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2006年7月29日 (土曜日)

快復・・・

風邪、治りました。え?早すぎる?もうちょっと呻っとけ?とりあえず発熱などの症状は消えました。 

やったことといえば入浴して思い切り汗をかいて、大量の水とバファリンを2錠飲んで飯は食わずにひたすら寝たこと。で、治りました。食欲も出たので食事をしました。ムム、・・・イマイチ。もともと不味かったのかいな?・・・。ま、ガソリン補給のつもりで食べましょ。そういえばこの7月からガソリンが値上がりしました。1ℓ当たり30%の値上げで1.3£に。(20→26円相当に)。これは国際価格に順ずるためだとか。

その代わりにインターネットの接続料金は数十%値下げしたそうです。政策的に、パソコンの普及を促がすのが目的らしいです。私の場合、こういう情報の出所はほとんどが物知りの「アスカラニ君」なので自分で「裏づけ」を取った話はあまり無いのですが。

快復したということで自主トレーニングも再開。これで「今日も元気だ。ご飯が美味い!」ということになれば100%なのですが、やっぱりもともと不味かったんだろか?

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2006年7月28日 (金曜日)

闘病・・・

のどがイガイガする・・・。「ちょいとした風邪?」と、あまくみていた。(何でもかんでもブログネタにしますが・・・)

3日目。『何となくだるいな。』と思っていたら、会員の1人(お医者さん)が「センセイの手は熱いな。熱があるんじゃないのか?休んだ方が良いぜ。薬をやろうか?」 『さすがは医者やのぉ。』と思いながら『 I'm all right. 』と家に帰って熱を測ると40度もあった。それを見たことでかえって気分が悪くなって薬を飲んですぐに寝ました。・・・一夜明けてだいぶおさまったけれど(38度)、今日の稽古はパスすることにしました。昇級審査がある、ということだったのですが、ま、見学は次の機会に。

「(質素なメニューでも)ご飯が美味しく食べられること」を自分の健康のバロメーターにしています。確かに最近、ご飯が「イマイチ」で食欲も減退していました。このブログは、一週間分くらい書き溜めてあるのでその間に自分に異変が起こっても誰も気付かないだろなー。なんて寝ながら考えていました。「独居ボランティアの孤独○・・・」とか。

こちらに来る前に日本で健康診断を受けたとき、「珍しいからってあまり変なもの食べちゃダメですよ。現地人にとってなんでもないものでも我々にはダメージになることもあります。ピラミッド見物の機会もあるでしょうけどあの中には5000年前の空気もあるしバイキンもいるかもしれないんです。」と言われたことを思いだしました。今回、私は別に変なものを食ったわけではありませんが、皆さんも健康にはくれぐれもご注意を。

  ☆さらに半日後、36.5度まで戻りましたが食欲がない。            「身体が弱っているときには食物の消化よりも体力回復のためにエネルギーを使うべし」という考えなので食べたくなるまで暫らくプチ断食。

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2006年7月27日 (木曜日)

Skype ~ スカイプ

5月から6月にかけて「我が家にADSL大作戦」では苦労しました。おかげで今ではこうしてストレス無くパソコンをいじっていますし、ブログも順調にアホげな世界を広げています。そして、ADSLにこだわったもう一つの理由は「スカイプ」のためでした。「無料で世界中と話せる、I P 電話」というやつ。ちなみに、私の「スカイプ名」は bigface-ono です。日本との時差は-6時間(サマータイム)。

ネットカフェの兄ちゃんは「スカイ・ピー」と呼んでいました。「スカイプ」はダイヤルアップ回線でも可能らしいですが、声が遅れて聞こえたりするそうです。速度にこだわったのはそういうわけです。日本としゃべっていても非常にクリアに聞こえます。『本当に通話料金がタダでええのかいな?』と思ってしまいます。『帰国間際に莫大な請求書がきたらどうしよう・・・』なんて。『踏み倒していったらここの前の居住者と同じことになるし・・・。』などとつまらぬ心配をしたり。

先日、協力隊の同期の山本さんと話しをしていたら「この間の一時帰国の時に荷物整理をしてたら、小野さんからもらったハガキが出てきて懐かしかったですよ。いつも『まいど』で始まるんだ。」・・・18年前、パプア・ニューギニアとケニアの間で往復3週間ぐらいかけて手紙をやり取りしていたことを想いだしました。

『ハガキと電話』から、『電子メールとスカイプ』へと進化しました。次は何でしょうね? それとも、もう何か次の通信手段が出てきてるのかな?

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2006年7月26日 (水曜日)

バス

タクシーは値段交渉が面倒なので、路線を知っているところはバスを使っています。番号で行き先表示をしているバスもありますが、多くの、「庶民の足」となっている、いわゆる「ミクロ」と呼ぶ、1ボックスワゴンはちょいと難敵。

バス停(もしくはそれらしきところ)で待ってるとバスが停まる。運転手や料金徴収係が「○×△~、○×△~!」と行き先を連呼します。それが例えば「イッサァーフ」と聞こえるまで、3ヶ月かかった。それまでは、自分も行き先を連呼していました。運転手に聞いて、自分の目的地を通るなら(当然ですが)乗せてくれます。運転手でなくても、近くにいる人が「お前の乗りたいバスは向こうから出てるぜ。」と、教えてくれます。エジプシァンはその点実に親切。降りるところも教えてくれたりする。

乗ったらとりあえず『アッサラーム・アレイコム』と隣り合った人に挨拶をして、料金を払います。私は50ピアストル(=10円相当)のバスをよく利用します。料金は運転手か、助手の徴収係の兄ちゃん(少年の場合も多い)に渡します。後ろの席に座ったときなどは順番に金を前に送ってもらいます。ごまかす人なんかは見たことないです。大きな紙幣しかない人は周りの人の分を集めて一緒に払ったりします。「お互い様」という気持ちが良く見て取れます。女性や年寄りには必ず席を譲るし。

車内は狭いです。大抵の人は『手ぶら』なので問題ないのですが「巨大なお尻をもったオバちゃん」と「木剣と稽古着入りのリュックを持ったニホンジン」はかなり迷惑な存在です。エジプシァンたちの持ち物はまず、「携帯電話」・・・エジプトの全人口約7000万人。携帯電話会社(モビニールとボーダフォンの2社。ほぼ同数のシェア)のユーザー数が合計約1300万人。普及率20%ほどだそうです。  「ポケットサイズのコーラン」・・・多くの男性はシャツの胸ポケットに小さなコーランを入れています。しょっちゅう取り出してはブツブツ・・・と読んでいます。  「数珠」・・・これはそんなに多くない。  「札束」・・・財布を使う習慣が無いのか、紙幣は裸で二つ折りにしてポケットに突っ込んでいます。

バスに乗るコツは、行き先を確認すること。整備状態の良さそうな車を選ぶこと。無理して扉にぶら下がったりせずに、次のバスを待つこと。懐中物には気をつけること(ごくたまに『スリ』がいます)。夜中の「ミクロ」(非常に運転が荒っぽい)はなるべく避けること・・・。

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2006年7月25日 (火曜日)

カイロツアー 続・オールドカイロ編

合気道の会員、アスカラニ君の「カイロツアー、オールド・カイロ編」の第2回目。今回は、前回行ったイスラム地区以外の部分です。ポイントは『ナイロメーター』と『コプト教(原始キリスト教)』。

ナイル川の中州である「ロタ島」の南端にナイル川の水位を計測するための『ナイロメーター』があります。詳しくは『歩き方』の145ページ。水量を測ることによって洪水の時期や程度を予想して、農民への課税基準を決めていたそうです。・・・という資料の中の、フランス語の原文を読んでいるアスカラニ君の方に、私は驚Cimg2359aいてしまいました。

Cimg2345aCimg2354a1,000数百年前の施設に入って、石段を下って地下に降りていくときには横穴から何かが出てきそうな気がして「インディー・ジョーンズ」にでもなった気分でした。

写真は左から、外観、水量計(高さ20m程の柱)、下から天井を見上げた図。

イエス・キリストの一家はローマ帝国の迫害を逃れるために、一時エジプトに逃れて隠れ住んでいたそうです。その伝説の地を中心に、エジプトのキリスト教とユダヤ教の中心地がカイロ市の南部にあります。詳しくはいつもの・・・。

Cimg2368aCimg2376aCimg2431a写真左から、セント・ジョージ修道院内のセント・ジョージ像。参拝者が絵を撫でてお祈りするので左下の部分が剥げている。 真ん中はセント・ジョージ教会。「ドラゴン(邪悪なもののシンボル)と戦う図」がセント・ジョージ聖者のお決まりの構図らしいです。 右は風見鶏ならぬ「風見ドラゴン」。 

観光地、公共施設、繁華街などはテロの警戒のために警察官が多数配備されています。特に博物館などは必ず金属探知機をくぐらされます。アスカラニ君は大学生ですが、「何でこのガイジンと一緒にいるのだ?お前は通訳か?」といつも質問されています。

彼は「I D カード」を2枚持っています。彼自身の分と公務員の「家族証明カード」。彼の父上は警察官で、結構階級が高いらしい。2枚目のカードを見たら警備の警官たちの応対がかなりソフトに親切に変わります。こういうコネはどんどん利用させてもらいましょ☆

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2006年7月24日 (月曜日)

第 1 R 終了

5~7月の3ヶ月間、5ヵ所のクラブを巡回指導してきました。このたび、その日程を見直して4ヶ所にすることにしました。 『I want to change my schedule.』 「O.K. No problem. As you like.」  『わしはシャディーのカタログギフトか。』

稽古に関しては、基本的に私の意向を最優先してくれます。私も出来るだけ彼らのリクエストには応えるようにしています。「センセイ、今日は外で武器をやろう。」 『Why?』 「合気道クラブの宣伝のためだ。」 『いいよ。』

というわけで今日は、サッカーなどをやっているグラウンドの隅で剣の素振りなどをしました。みんな珍しそうに見物していました。いくらかでも入門希望者が増えるなら、たまにはこういうのも良いでしょう。だいたい、武器は外で稽古するものでしょうから。

【日本人・スーパーバイザー】のデビュー戦、というところです。

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2006年7月23日 (日曜日)

カイロツアー イスラム風書道

『ファラオ村』の中には色々なミュージアム(博物館、というより展示室、資料館という規模の施設)があります。ナポレオン、クレオパトラ、ピラミッド、ナセル、サダト両元大統領・・・。エジプトに関わるいろんな事柄、何でもござれという勢いです。

イスラムの歴史や教えに関する展示もあります。その中で、『イスラム風書道』とでも呼ぶべき、『カリグラフィー』の展示があったのでここに紹介してみましょう。同じ内容の文句を様々な字体で書いた作品を並べてありました。写真では中段の作品と左右の端の2枚ずつ(青い字で字体を示している)が同じ内容(神を称えている)だそうです。作品を制作する場合はコーランの内容に関わるものが多いようです。

博物館によっては写真撮影禁止のところや撮影のために追加料金を徴収するところがありますが、大抵は「撮り放題」です。こんなときデジカメは重宝します。動画も映せるし。

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2006年7月20日 (木曜日)

カイロツアー 時代村編

「ファラオ村」という、日本で言うところの「明治村」や「映画村」みたいなテーマ・パークに行ってきました。『歩き方』の146ページに紹介されています。ガイドはいつものアスカラニ君。朝一番で行ったので、客は他にはおらずゆっくりと見物できました。

ナイルの中洲に作られた施設で、中には色々なアトラクションや博物館があります。川岸に沿って再現された古代の生活風景を遊覧船に乗って順番に見学します。古代の衣装をまとった役者さんたちが、農耕や工芸の様子を再現、実演してくれます。「パピルス」の製作風景なんて、うちの先生が興味を持たれるのではないか、と思います。なにしろ中国で紙がつくられる1000年以上前の「紙(paper)」ですから。

実際に生えているパピルスは、「蕗の長いやつ」みたいなイメージでした。繊維に沿って裂けやすい。でもこれを乾かして、ほぐして、編んで、プレスして、それに字を書こう、なんて・・・。偉い人がいるものですね。

遊覧船では「テ-プ」によるガイド。陸に上がっては、お姉さんのガイドでした。ガイドは言語を選べるらしいですが、さすがに「日本語」は無かった。ガイドさんの英語をアスカラニ君が「初心者向けの英語」に直してくれます。彼は、物知りです。ときどき、ガイドのお姉さんが『へ~』ボタンを押しそうなぐらい。

このブログに何とか動画を添付したいのですがどうもうまくいきません。欲を言い出せばキリが無い、ということか・・・。

写真は遊覧船のおじさん。水辺に生えているパピルスを取って見せてくれた。パピルスは裂けやすく、水をたっぷり含んでいる。  古代の『書庫』。 壁の穴にパピルスを丸めて保管したらしい。 武器作り。 花から香料を搾っている様子。貴族の奥様の生活。 パン焼き釜。はりつけた生地は焼けると落ちる。

土産物屋ではパピルスに古代文字で名前を入れてくれる。 お客様へのメッセージ。このブログもこうありたい・・・。  で、最後の写真がどうしても意味不明。エジプトでは確かに「ムハンマド・アリ」は偉大な名前ですが、この人とは違う・・・『この写真は何故ここに、(博物館の入り口に、一枚だけポツンと)かざってあるんだ?』と訊いてもガイドのお姉さんも知らなかった。

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女っていうやつは・・・

時々、ブログのネタを提供してくれる(こちらが勝手に使っているのですが)シェリーフさんは、奥さんについてよく愚痴をこぼします。

今回はこんな画像を送ってくれました。題して「エンジニアによる分析~女性という生き物は・・・」

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2006年7月15日 (土曜日)

ピクニック

カイロ市街から車で約1時間の「オシム村」にピクニックに行ってきました。合気道会員のダルウィッシュ君の地元で、彼の主催でヒツジを 「1匹」 食べてきました。

昼の「お祈り」の後に集合、5台の車に分乗して出発。地理的には近いのですが「ここに来るのは俺も初めてだ。」という人が多いぐらいの『都会から近い田舎』でした。途中、ジュース・スタンドで休憩したときに写真を撮っていたら「あ、外人だ!」と人だかりが出来てしまいました。「日本人だって? 映画のロケでもあるのか?」

街をはずれると農場が広がります。トウモロコシ、キャベツ、サトウキビ・・・。ウシ、ウマ、ロバが荷車を引いたり人を乗せたりしているかと思えば小型バスやトラックが行き交います。

マンガに出てくるような形の「丸焼き」と串刺しのBBQ。サラダにアェーシ(パン)。アフワ(コーヒー)はデミタス・カップぐらいの器に砂糖をたっぷり入れて飲みました。

食事の後はレンガ工場脇の空き地でフットボール(サッカー)に興じます。「今のはゴールだろう!」「いや、アウトだ!」ことフットボールに関しては熱い熱い・・・。その間、日没後と夜の「お祈り」もちゃんとすませて、午後10時頃に帰路に着きました。_025a _011a _020a _039a _046a _052a

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2006年7月14日 (金曜日)

シェリーフさん

「体の変向」で手首に毛が生えてくる話をした時に、すかさず「合気道には頭をつかむ技は無いのか?」と訊いてきたシェリーフさんは冗談好きです。

「センセイ、この間の週末には何処かへ出かけたか?」 『いや、ずっと家に居た』 「だめだ!そんなんじゃ。街に出ろ。冒険をしろ。いろんな出会いがあるぞ。シャツに名前と携帯の番号を書いて歩け。」 『どうなるんだ?』 「その日の内に、8人の若い女と2人の男から連絡があるぜ。」 『・・・ちょっと待て。その【2人】というのは何だ?』 「この国じゃそれぐらいの割合だ。」『・・・』

そのシェリーフさんは時々、「面白い画像」をメールで送ってくれます。スイカの彫刻とか。今日は「映画に対するツッコミ」特集。

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2006年7月12日 (水曜日)

アレキサンドリア訪問 ②

アレキサンドリア訪問の2日目、ガワッドさん一家とアレキサンドリアの街を見物しました今回は ローマ円形劇場』と『カーイトゥベーイ要塞』。「センセイ、今日、回れないところは次に来たときにしよう。」

アレキサンドリアの街は「掘ったら何かが出てくる」のだとか。市街開発をとるよりも遺跡の調査保存が優先されているように見えました。カイロと較べたら空気もきれいし魚は美味しいし、(エジプト人に言わせると)女性も美人が多いとか。なにしろ、あの『クレオパトラ』のいた街ですから。

では、恒例?の写真を。上段左から・・・。

①アレキサンドリアの街並み。タクシーはデザインはどこも同じですが、各県で色が違う。カイロは白と黒。アレキは黄色と黒。ザガジッは白と青でした。 

②円形劇場。ローマ時代の遺跡の地層の上にビザンチン時代の別の遺跡がある。『遺跡のビッグ・マック状態』 

③海底から引き上げられた石像群 : スフィンクスはギザの大きなものだけだと思っていましたが、「魔除け」の一般的なデザインだということを初めて知りました。「獅子舞」や「狛犬」のデザインの元なのでしょうね。 

④要塞をバックにガワッドさんと子供たち : 息子さんの夢はニンジャになること。親子やね。君ならなれる!かも。 

⑤シーフード・レストランでは自分で材料を選びます。好みの調理方法でサービスしてくれます。食べて残った分は持って帰る。 

⑥カイロまで車で送ってもらい、そのまま稽古しました。「アレキサンドリア・砂漠ロード」という名前のハイウェイ。料金所には、ギリシァ語とアラビア語でアレキサンドリアと書いてあります。200㎞の道程を2時間で走る。 

⑦途中にたくさんあったハト小屋。次回は食べさせられそう。美味しいらしいけど・・・。 

⑧カイロ近郊、ギザ付近では道路のかなたにピラミッドがぼんやりと見える。 

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2006年7月11日 (火曜日)

アレキサンドリア訪問 ①

地中海沿いの街、「アレキサンドリア」に行ってきました。【アレキサンドリア】・・・世界史の教科書でしか見たことのない街です。アラビア語では【イスカンダレイヤ】といいます。カイロから急行列車で2時間。宇宙戦艦よりずっと速い。

ガワッド氏は42歳。アレキサンドリア郊外で家族でホテルを経営しています。そのホテルの中にフィットネス・ジムと道場、ジャグジーにサウナまであります。以前はテコンドーやブラジリアン・柔術、高専柔道などをやっていたとか・・・。「でも合気道を含めて、武道の目標は同じだと思ったんだ。それに合気道は年齢に関係なく 稽古できる。」「フランスで田村センセイに習った。センセイは『剣が基本だ。迷ったら剣に帰れ。』と言っていた。小野センセイと同じだ。」

・・・田村師範と並べられてはまことに畏れ多くて申し訳ないですが、『師匠の七光り』といいますか、『阿部先生と齋藤先生に習った』(ウソじゃないですから)ということで、どこでも一目おかれます。それだけに、「なーんだ。ガッカリ。」と思わせないような稽古をするためにも自分自身に対して厳しくなければいけません。とはいうものの現実はさらに厳しい。

私自身のレベルは、まぁ・・・、ともかくとして・・・、稽古の方法や考え方自体は受け入れられたようです。【顔見せ興行】は、ひとまず成功というところでしょうか。それにしてもこうして出会う人々が皆、求めるところが「深い」ので時々悩ましく思います。

写真は左上から、ガワッド夫妻、ホテルの全景、ジムのパンフレット、稽古風景・・・。で、最後の一枚。翁先生の写真が掲げてあるのは良いとして、奥の壁のブルース・リーがちょいと気になりました。

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2006年7月10日 (月曜日)

決勝戦 フランスvsイタリア

今日は W 杯決勝戦でした。したがって?稽古はキャンセルされました。 

合気道の生徒たちと誘い合って、川沿い(もちろんナイル川)のオープンカフェで観戦しました。さすが決勝戦。『死闘』ともいうべき素晴らしい試合でしたね。

我々は涼しい風に吹かれながら、サンドイッチをつまみつつ、ビール・・・は無いので、セブン・アップを飲みながらの観戦。ちょいと贅沢な気分。

メニューを見ると、食べ物のほかにシーシャ(水タバコ)のメニューがあります。見ると、女性でも吸っている人がいました。うちの(ノーティー・ボーイ)アイマン君もシーシャが好きです。彼はハーフタイムの間にお祈りをしていました。

伝統と現代文化の入り混じった不思議な空間でした。

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2006年7月 9日 (日曜日)

天満天神繁昌亭

【天満天神繁昌亭】・・・と聞いても落語ファンでもない限りピンとこないでしょうが、落語の定席がきたる9月15日に大阪にオープンします。

詳しくは→ www.hanjotei.jp

建設資金の一部として一般からの募金を募っておりましたので、昨年応募しました。応募者の名前は提灯に書いて館内に飾られます。

このたび、その案内が届きましたので(もちろん大阪の実家に、ですよ)紹介します。落語は大阪の誇る文化です。皆さんも是非、『天満の天神さん』に足を運んで探してみて下さい。 【羽曳野道場】の提灯を。

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2006年7月 8日 (土曜日)

家庭教師

近所に住んでいる合気道会員のアブドル・ラハマン君は高校1年生です。将来は歯医者になりたいんだとか。彼の夏休みの間、アラビア語の家庭教師を依頼しました。

初日。レストランのメニューを読んでもらったり書類を英訳してもらったり、また大阪市のHPを見せて「観光案内」をしてみたり・・・。

二日目は箸の使い方を教えてやったり、いろんなビデオを見せてやったり・・・。

「センセイ、I love you. は日本語でなんて言うんだ?」 「じゃ、I am the best. (僕が一番だよ)は?」 ・・・君も、そういうことに興味を持つ年頃なのね☆

写真左はピーナツを器用につまんでいるアブドル君。右はご飯を口に運んでいるアブドル君。メニューは焼肉とオムレツ。好評だった。

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2006年7月 7日 (金曜日)

カイロツアー ~商店街編

オールドカイロからハン・ハリーリにかけていろんな店を覗いて廻りました。

写真上段から。 旧市街地は城壁に囲まれていました。真ん中の写真は、雑穀屋(手前の袋:米が1kg=2.4ポンド≒50円)。貸し電話ボックス。

2段目左から、魚屋。シーシャ(水タバコ)の部品屋。ミナレット(モスクの尖塔)の部品屋(金持ちの中には個人でモスクを建てる人がいるのだとか。それが功徳になるんですと)。ホセイン・モスク前のコーラン屋と数珠屋。

3段目。ハーブ屋(ジャコウネコは剥製です)。ベリーダンスの衣装屋(刺激的・・・やけど観光客しか買わへんで)。ハン・ハリーリのムスキ通り。夜、涼しくなったらもっと活気に満ち溢れるらしい。香水屋(好みのブレンドや、持ち込んだらその香水もコピーしてくれるらしい)。

4段目。ジュースの屋台。バザール内のカフェで飲んだ「コクテル」(これはイチゴとバナナのパフェ)。店員がシーシャ(水タバコ)とシャーイ(紅茶)で休憩中。

ハン・ハリーリのバザールは観光客慣れしているので、私が通りかかると「ニーハオ!」と声をかけてきます。『エル・ヤバーニ』と言うとすかさず、「コニチワ!ミルダケ、タダ!」と返してきます。アラブ商人恐るべし・・・。

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2006年7月 6日 (木曜日)

翻訳ソフト

合気道をする人(プロじゃない人も含めての総称)を「aikidou-ka =合気道家」と海外では呼んでいるようです。そういえば一般に日本ではこれに相当する言葉って何でしょうね?「合気道家」なんて使ってたかな?「選手」じゃないし。

知り合いのチェコ人の「aikidou-ka」からメールをもらいました。「ブログを見た。元気そうだな。」・・・はて?彼は日本語が出来ないはずだが?

翻訳ソフトを使っているのかな?と思い、試しに 【日本語→英語】 変換してみると結構な出来栄えです。これなら80%ぐらいは意味が伝わるのではないでしょうか?

翻訳しきれない部分や誤訳もありますがそれはそれで楽しめます。(コメントをくれたKF大の「豆」君は「beans」さんになってたりする。)こちらの電気店にはアラビア語→英語の電子辞書も売ってるようです。

新鮮味の無い言い方ですが、世の中進んでますね~。

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2006年7月 5日 (水曜日)

ヒジャブ

モスレムの成人女性はベールを被って頭髪を覆います。ヒジャブといいます。エジプト方言ではヒガブと発音します。「!」をつけて「ヒガブ!」と書くと北斗の拳みたいになります。

女性の服装はゆったりして色合いも地味なのが伝統的なスタイルなんだそうです。今でも年配のご婦人や地方ではファッションも地味です。男性の視線を遮って「余計な想像」をさせないのだとか。まるで1000年以上も前から私の訪問を予期していたかのような戒律。(・・・おっとこれは手がすべった。)

人によっては顔まで覆っています。時々、市内見物の相手をしてくれるアスカラニ君に「ヒガブ」に関していくつか質問してみました。「顔まで覆うのは解釈の違いだ。コーランにはそこまでしろとは書いていない。」のだそうですが・・・。

『道で出会ったときなど、どうやって自分の身内や友人を見分ける?』

「声か、目だけだ。学校の先生でも自分の生徒の顔を知らないことがある。」

『パスポートやIDは?』

「それは仕方ないから、髪だけ覆って写真を撮る。」

『結婚相手は?』

「女性に対しては顔を見せても良いので、男性側の母親や姉妹が確認に来る。」

『食事はどうする?』

「家族以外の男性がいればベールを少し持ち上げてその下から食べる。」

事実、そのときはハンバーガー屋で話していたのですが、女子高生風の4人連れが離れたテーブルにいました。その中の1人は「ダースベーダー風」でした。本来は男女が同席しないのが基本ですから、マクドナルドなんかの無い昔はそんなややこしい食べ方はしなかったんでしょうね。

「でも、そんな人の中には時々、すっっっごい美人がいるから、家族が顔を隠させることもあるんだ。」 

『へぇ~、・・・・・・・。』 

『・・・・・・・。』ということを想像する不謹慎な男が多いからベールも必要なんでしょうね。先日の海水浴ではお母さんたちはもちろん水着にはならないし、子供たちも手首足首までの水着。頭にはヒガブ。赤ちゃんを遊ばせるお母さんは普通の格好で水に入っていました。 

☆断わっておきますが「偶然」映っていた映像を拡大しています。

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2006年7月 4日 (火曜日)

海水浴

『エジプト=砂漠、ピラミッド』というイメージが強いですが、ご存知のように北は地中海、東は紅海に面しています。

カイロから東へ130km。紅海沿いの「アイン・ソフナ」の街に合気道クラブのみんなと一緒に海水浴に行ってきました。朝、6時半に集合してマイクロバスで1時間あまり。総勢30名以上の『遠足』です。

アインソフナはカイロから一番近い「海」です。カイロ市内を20分も走ると「東方砂漠」が始まる。「スエズ」方面にほぼ真東に伸びるハイウェイを走ります。

紅海は(彼らによると)「世界で一番きれいな海なんだゼ。」だそうで、事実、リゾート地も多いです。シナイ半島の方はまだ、テロの関係で渡航制限は解除されていませんが「バショウカジキ」なんかも釣れたりする。(写真は10年ほど前のものらしいです。)

海とリゾート施設付属のプールで、ランチと午後のお祈りを挟んで都合10時間あまり過ごしました。まぁ、みんなのはしゃぐこと。あらためてみんなの歳を訊いて驚きましたが自分が思っていたよりずっと若い。毛むくじゃらの大仏みたいなアハマッド君は20歳だそうです。

海は澄んでいて、時々浜から100mほど先をイルカたちが泳いでいくのが見えました。はるか沖にはスエズ運河に向かうタンカーも見えます。陽気な彼らと過ごした、楽しい一日でした。今は真っ赤になった肩や背中に稽古着が擦れるところを想像してちょいと憂うつになっています。

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2006年7月 3日 (月曜日)

ワールドカップ

「格闘技は日本の国技である」、ということに異論を唱える人は少ないと思います。でも、「数多くの人が実際に競技に参加する、観て楽しむ」ことが国技たる条件とすればどうでしょうか?

その意味では、「フットボール(サッカー)はエジプトの国技である」ことは間違いないでしょう。何しろ、同じスポーツクラブ内の柔道教室のメンバーは、暇があれば畳の上でミニサッカーをやってます。うちの合気道クラブの連中も海水浴に行った時には砂浜でボールを蹴りあっていました。

昨日の稽古の後、「センセイ、フットボールを観て帰ろうぜ。今日はブラジルとフランス戦だ。」と誘われたので一緒に観戦しました。縦横2m以上はあるだろうスクリーンにプロジェクターで衛星放送を映します。ARTというサウジアラビア発の衛星放送だそうで、全アラブをカバーしているんだとか。大スクリーンはクラブ内に2ヶ所。それぞれ、2~300人が椅子を並べています。老若男女、というやつ。夜も遅い時間に熱狂的な応援です。フランスのゴールの瞬間は割れんばかりの歓声、が場内の半分から聞こえました。後の半分は大きなため息。

他のクラブには、4~500人は座って観戦できるだろう「ミニスタジアム」を作ってしまったところもあります。街にはTシャツ代わりにユニフォームを着た若者があふれてるし、しばらくこの「W杯フィーバー」は続きそうです。

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2006年7月 2日 (日曜日)

カイロツアー オールドカイロ編

毎度お馴染み?アスカラニ君(カイロ大学4年生)のカイロツアーです。今回は「オールドカイロ」と呼ばれる地区を見学しました。

いわゆる王侯貴族の屋敷跡や旧市街地です。現在、国のプロジェクトで多くの古い建物が復元再生されつつあります。

統治者は領民のために学校や病院を建てたりしたそうでその跡が数多く残っています。何百年前の建物をまだ使っていて、現在も住居や店舗に使っているところがすごいです。

昔の屋敷跡は公開されていて、入場料はエジプト人2ポンド。外国人の観光客は20ポンド。観光地は万事こんな具合の料金設定です。入場券も違う。建物の復元については使える部材はなるべくオリジナルのものを生かしているようです。2枚目の写真の石には「1324年」と刻んであります。

屋敷の中庭に面した広間では主人がくつろいだり、室内には小さな噴水がこしらえてあったりします。二階のアラベスク模様の出窓には小さな小窓があって、女性はここから外を覗いて話しかけたりしたそうです。

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