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2006年9月30日 (土曜日)

「ツワモノ」達の傷のあと

弁護士のシェリーフさん(お笑い系とは別の人)は、20歳代の頃までは柔道をやっていて階級別の国内チャンピオンだったこともあるとか。怪我をきっかけに合気道に転向したそうですが、「固い稽古」を気に入ってくれています。

アレキサンドリアの合気道家ガワッドさんによると「シェリーフと俺は古くからの知り合いだ。若い頃、彼は『売られたケンカは必ず買う』奴だったものさ。正義感の強い奴だったからな。今はそれが仕事になっちまったが。」だそうです。

本人に確かめてみました。『ガワッドさんが・・・・と、言ってたよ。』
苦笑いしながら「俺は、若かったからな。・・・これと、これと、これと、これと、これと、これは、その頃の傷跡だ。」
よく見ると腕や唇に傷がある。刃物の傷あともある。ムム・・・「正義の戦士」か。

「ガワッドだって似たようなものだったぜ。キックボクシングなんてやってたからな。結婚してからは落ち着いたが。」

ずいぶん昔、師匠に言われたことを思い出しました。
「おめぇは、ケンカはよくやったのか?」
『いえ、小さい頃からケンカしたことないです。』
「ふ~ん。だから伸びねぇんだな。・・・【 ふりかかる火の粉は払わねばならぬ。かからぬ火の粉は煽いでおこす】、ってな。昔は言ったもんだ。」
「翁先生は、『何、ケンカをしてきたと? ばか者! ケンカはならぬ!・・・で、勝ったのか?』って、おっしゃってたものだ。『はい』と言うとニコニコしてる。茶目っ気のある先生だったよ。」

【破邪顕正の鉄拳】 は時代も国境も超越する、ということでしょうか。

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2006年9月29日 (金曜日)

カレー臭

日本人で「カレーライスが嫌い」という人はめずらしいと思います。私も好き。でも、いわゆる「カレー・ルー」がないので試行錯誤の「手作り」です。

肉と野菜を煮込んで、固形スープストックと塩、コショー・・・。味を「調えている」つもりがイメージから段々離れていく。水を足してやり直す・・・。繰り返しているうちに鍋のサイズが大きくなっていく・・・。カレーパウダーと、水で溶いたメリケン粉(エジプトでも「メリケン」だろか?)を入れる。
【とろみのある・カレー味の・汁】 が,特大の鍋に一
杯分出来てしまった。学校給食の当番か、動物園の飼育係か・・・。
部屋中に「カレーの臭気」が充満しておる。

におい、臭い、匂い・・・。唐突ですが、私の家内(この画面の右側で怒ってる人)は「臭い」に敏感です。「麻薬探知犬もかくやあらん」と思うことがあります。食器棚の裏の電気のコードが焦げてるのを発見したり、服についたタバコの臭いもすぐわかる。
「あんたは『中年』やから、『おっさんくさい』のは仕方ないけど『くさいおっさん』はあかんで。 『加齢臭』なんて、嫌やで。」

自分の体臭は気付かんからなー。今度、11月にこっちに遊びに来た時に「カレー臭」と「加齢臭」のダブルパンチになってたらどうしよう。嫌がられて 「帰国せずに、一生エジプトで暮らしとけ!」なんて言われたらどうするべ?  ・・・こっちの生徒たちは喜ぶだろうけどさ。

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2006年9月28日 (木曜日)

最後の?ピラミッド・ツァー 【車窓から】 

「メイドゥーム」のピラミッド見物にて。車の中から見た街の風景な

写真左上から・・・

1.カイロを離れて一時間も走るとすっかり農村地帯。「田舎」の風景になります。服装も「伝統的で地味」になる。特に女性はほぼ100% がガラベイヤ姿でした。色も地味。それを思うと街のファッションはカラフルでデザインも多様です。
2.女たちは川へ洗濯に・・・。川の水もきれい、ということか。
3.ハッジ(メッカへの巡礼)をした人の家にはこんな絵が描かれている。この人は飛行機で行ったらしい。船の絵を描いた家もあった。右側の黒いのは「メッカのカーバ」
4.『歩き方』の記述どおり、ピラミッドは「忽然と」姿を現した。『おぉ、あったなぁ。』と見ていたら、これも「忽然と」出てきた「牛」に衝突しそうになった。 あやうく逃れたアスカラニ君曰く「この辺りは何でも忽然と(suddenly)出てくるなぁ。」
5.帰り道にて。カイロ方面から地方へ向かうバスとすれ違った。「これでもか!」と満載の荷物。
6.このトラックはカイロ方面に向かっている。「ドナドナ・・・♪」のメロディーは流れていなかった。
7.カイロ市内にて。サンドイッチ屋。学校帰りの子らで賑わっている。手前の子は「通行の人はご自由にどうぞ」の水を飲んでいるところ。
8.本日のランチ。500円相当。腹一杯。サラダ、焼肉、タヒーナ(ゴマ・ペースト)サフランライスなど。 

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2006年9月27日 (水曜日)

最後の?ピラミッド・ツァー 【VIP待遇】

カイロ近郊のピラミッド見物。 今回はカイロから南に約90kmにある、「メイドゥーム」です。ガイド役のアスカラニ君の夏休みが終わったので、「ツァー」はこれでしばらく休み。・・・といっても、めぼしい所はほとんど見てしまいましたが。

現地へはナイル川沿いの道をさかのぼります。砂漠に「忽然と」現れるピラミッド。チェックポイント(検問所)の警官のエスコートでピラミッドに向かいます。
親切なのかヒマなのか・・・。「メイドゥーム」はあまりメジャーではないためか、それとも翌日から始まる「ラマダン」の影響か、ツーリストは我々2人だけ。対して警備の警官は20人近く。全員、拳銃以上の火器を携行しています。怖っ・・・。

肩から自動小銃をぶら下げた人に案内されると安心・・・と、緊張感の混ざった、妙な気分でした。でも、いろいろと詳しく説明してくれて、帰りは再びポリス・カーに街道までエスコートされて「 VIP 」のツァーは終了しました。

写真 : 左上から・・・

1.ポリス・カーに先導されて・・・。

2.メイドゥームのピラミッド。詳しくは『地球の歩き方』参照。
 実際、この本は素晴らしいガイドブックです。現地人が驚くぐらい内容が充実してる。
3.「マスタバ」=ピラミッドの原型だとか。王の妃や子達が埋葬されていたらしい。 向こう側の緑の地域は「アスワン・ダム」が出来る前までのナイル川の位置を表わす。今は農地。川筋は10kmほど遠ざかった。
川は氾濫の度に「肥沃な土壌」をもたらしてくれたが、「ダム」が出来てからは土地が痩せてきた、とか。化学肥料を入れるかどうか・・・、それでまた新たな問題(環境的にも、経済的にも)が起こる。
4.「マスタバ」内部。気分はインディー・ジョーンズ。
5.護衛&ガイドをしてくれた警官。間近で確認したら実弾が装填されていた。
6.ネットで探してみた。通常はAK47のタイプをよく見るけど、今日見たのはこのタイプだった。(フォアアーム=前方のグリップは着けてなかった) マガジン(弾倉)は30連発のタイプ。予備をつないで計二本装着。安全装置(引き金の上の切り替えスイッチ)はかかっていた(白の位置)ものの・・・こんな物を持った警官には絶対逆らわぬ。

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2006年9月26日 (火曜日)

結婚記念日

実は今日、私らの結婚記念日なんです。13年目。
「結婚記念日」をネットで検索してみました。

色々あるものです。毎回、記念日の名前にちなんだ贈り物をするらしいですが、きっと業界団体の、特に宝石業界の陰謀だと思います。
【節分の巻き寿司丸かじり(大阪の海苔業界)】 
【バレンタインのチョコ(菓子業界)】  と同じです。ゴムとか鋼鉄になると、わけが分からぬ。自動車工業界(タイヤとか車体の)関連かしらん?

曰く・・・

1年目 :紙婚式=白紙の状態から将来の夢を願う
2年目 :藁婚式=質素倹約を意味し、贅沢を戒める
3年目 :革婚式=そろそろ倦怠期、革のように粘り強く

4年目 :花婚式=花咲き、実がなるように
5年目 :木婚式=夫婦が一本の木のように一体になる
6年目 :鉄婚式=鉄のように強い人生を
7年目 :銅婚式=家族、財産の安定を銅に例えて
8年目 :ゴム婚式=弾力性のある2人の生活を

9年目 :陶器婚式=陶器のように大事に扱ってひびが入らぬように
10年目:錫婚式=錫のように美しさと柔らかさを兼ね備えて
11年目:鋼鉄婚式=鋼のように強い愛の力で結ばれて
12年目:絹婚式=絹のようにきめ細やかな2人の愛情

13年目:レース婚式=先が見えている。・・・おっと違う 『さらに深く綾なす愛の証』
14年目:象牙婚式=年齢を重ねて輝く価値
15年目:水晶婚式=透明で曇りの無い信頼
20年目:磁器婚式=年代と共に値打ちが増す
25年目:銀婚式=いぶし銀の美しさ、結婚生活の一区切り
30年目:真珠婚式=富と健康を表す、海の宝石に例えて
35年目:珊瑚婚式=永い年月を経て成長する珊瑚に例えて
40年目:ルビー婚式=深紅色のような深い信頼と誠意
45年目:サファイア婚式=誠実と徳望で結ばれた結婚生活

50年目:金婚式=金色の輝きを得たという豊かさをあらわす大きな記念日
55年目:エメラルド婚式=深く静かで尊い夫婦の生活
60年/75年目:ダイヤモンド婚式=長寿と一族の繁栄を意味する最高の記念日

今日は記念に・・・カーテンの洗濯でもしようかな。

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2006年9月25日 (月曜日)

休みの日には、ちょいとお酒を・・・

休みの日には、近所に住んでいる隊員と酒を飲むことがあります。
イスラム教徒であるエジプシァンとは、一緒に酒を酌む訳にはいきませんから『飲み会』は日本人同士。 

日頃、そんなにストイックな生活をしているつもりはないのですが、いくら『好きなもの』でも、陰気になるので一人ではあまり飲まない。友達と一緒なら酒の味も倍増、いろいろと情報交換も出来るし。先週あったサマータイムの切り替え時期も他の隊員からの情報でした。A_2 B_2

また、先日は飲みながら 『実は俺、今日が誕生日』 と言うと途中で抜け出した人が内緒で「ケーキ」を買って来てくれたりしました。あの時は嬉しかった。泣きそうになっちまった。
『飲み会』の時には皆で「つまみ」を持ち寄ります。私は「焼肉」をすることが多い。肉を切って、味付けしたものを持っていく。そこでフライパンを借りて・・・。これも一人より大勢の方が美味い。

飲んだ後、家に帰るのも市内ならバスやタクシーはほぼ夜通し走っているので、まず心配は要りません。ただし、『度を越さない』心掛けは日本以上に大切です。

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2006年9月24日 (日曜日)

いつの間にか・・・

サマータイムが終わりました。 英語では DST (daylight saving time) 。来年の4月まで日本とエジプトの時差は再び7時間。 
 
赴任時のオリエンテーションではDSTとの切り替えは4,9月の最終金曜日ということでしたが、近く始まる「ラマダン(断食月)」との兼ね合いで今年は1週間早いのだとか。 今回はたまたま教えてくれる人があったので切り替えのタイミングを見逃さずに済みましたが、
よく注意していないと4月のサマータイム初日のときみたいに約束に遅れることになる。

イスラム歴は月齢に基づいているので「ラマダン」も年々何日かずつずれていきます。それにあわせてサマータイムも実施時期が変わる。 (当然ながら)全国、一斉に。 ここにも 『伝統と共に生きる』 エジプトの姿を見た気がします。

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2006年9月23日 (土曜日)

英語教室

毎日々々、マメにブログを更新してるけど、このおっさんは、普段どんな生活しとるんかな?
と思っている人がいるかもしれません。

JICAボランティアは様々な現場、職種で活動しています。時間帯も各人各様です。私の場合は一般の人が 「一仕事終えた後の」 余暇活動の時間帯 (夜7時以降~深夜12時頃) の仕事なので、一般の人が 「普段の生活や仕事」 をしている時間帯は 『ヒマ』 です。
拘束時間も短い。隊員の中には毎日7時間近く働いている人もいますが。

『頭脳と体力のバランスが大事である』 をモットーにしている私としてはAM中のクラブ通いで 「腕の筋肉を鍛える」 だけではもったいない。
そこで、平日の午後、A.U.C.(カイロ・アメリカン大学)の成人・生涯教育コースで英語クラスの受講を申し込みました。「アラビア語のほうが先やろ」という考えもありましたが、アラビア語の授業は英語で行われる。やはり「基本」から。

エジプト国内では色んな目的で外国語を学ぶ人がいます。学校に関しても、小学校の段階から色んな選択肢 (一般のパブリック・スクールに通う、又は外国系の学校に通う… ex. 『アメリカン』 『ブリティッシュ』 『ジャーマン』  等 ) があります。

一般社会人向けの英語学校は、 『ブリティッシュ・カウンシル』 のクラスが非常に評判が良いです。36時間のコースで2万円と少し。日本で受けるより相当安いとか。でも人気があって 「空き」 がなかなか無い。 

A.U.C. のコースはキャパが大きくて値段も若干低めです。
明日はその4回目。
受講を申し込んだらクラス分けのテストがあって、A.U.C. の場合は12段階のレベルに分けられます。私はその××番目のクラス。 
・・・・ つらい。
俺は本当にこのクラスで良いのか?採点が間違っておるのではないかいな?

19年前の、青年海外協力隊の語学訓練の思い出がよみがえります。
『外国語 (英語) で考える』 ことを叩き込まれたものです。いちいち日本語に訳したりしない。 南米へ派遣予定の人はスペイン語で寝言をいっていたぐらい。

クリント・イーストウッド主演の 「ファイアー・フォックス」 という映画にもそんな場面が出てきます。冷戦時代の米・ソ。アメリカのスパイがソ連の最新鋭戦闘機を奪う話ですが、その戦闘機 「ファイアー・フォックス」 はパイロットの思考 (脳波 = ロシア語で考えている) を直接読みとって自動操縦をする。 アメリカ人のスパイが悪戦苦闘する・・・というストーリー。

「思考回路を根本的に変革する」 「英語で考える」 訓練。 錆び付いた頭を目覚めさせるのには、もうしばらく時間がかかりそうです。

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2006年9月22日 (金曜日)

マネー・ローンダリング

やってしまった・・・。
「洗濯物を出すときは、ポケットをちゃんと見てから出すねんで ! 」
いつも嫁さんから言われていたのに。洗濯機のドラムに、へばりついた、瀕死の2枚の紙幣を発見。あわせて50円相当。バスに一回乗れる。

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へたに触れると崩れそう。そうっと広げて乾かして何とか原型を維持する。破れた方の1枚はセロハン・テープで補修する。エジプトで日常見かける紙幣は、一般にかなりボロボロで薄汚れたものが多いので、白っぽい札は妙な違和感がある。

エジプトの紙幣が何故、汚れているかと言うと、こちらの人々(男性だけかな?)には「財布」を使う習慣があまり無さそうだからです。バスの中で見ていると、シャツの胸ポケットなどに金額順にきれいに二つ折りにして入れた札の中から支払っています。握り締めて、手垢やなんかでかなりヘロヘロに「疲れた」札が多いです。セロハンテープで補修した札は珍しくない。 おつりを受け取るときにそんなのが来たら早い目に使ってしまいます。ババ抜きみたい。

私もバス代用に小額の紙幣はポケットに入れてあるので、洗濯の時に「つい」忘れることがあります。
で、今回の札の処理。別にニセ札という訳じゃ無し、堂々と使えばよいのですが、あまりにボロボロで何となく気兼ねする。

作戦 1. 『何食わぬ顔で使う』 バスの支払いの時に他の札に混ぜて支払ったら、この札だけ受け取りを拒否された。「きれいすぎて」目立ったのか? 失敗。
作戦 2. 『強引に使う』 行きつけのスーパーマーケットで、顔なじみのレジ係のところで支払いに使う。「なんだこりゃ?」 という顔をされたが、『やぁ、こんにちは』と、すっとぼけてニコニコしていたら受け取ってくれた。 成功。

近所の「両替屋」に行けば何とかしてくれるのですけどね。それよりも私の場合は、日常生活に 『スキだらけ』 なのが問題ですな。

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2006年9月21日 (木曜日)

私の名前は・・・です

時々、稽古着の袖に「ニホンゴ」で名前を書いてくれ、と頼まれます。カタカナで書いてやると次回にはその上を黒い糸でなぞって縫ってきたりします。「こうしたら洗っても色落ちしない。」

街の服屋では安い料金で服を縫ったり、刺繍をしてくれるところがあります。サンプルを持っていくと「袴」まで作ってくれます。日本円で4000円くらい。

クラブの子供たちの名前をよく書かされます。「ムハマド」「アハムド」「ムスタファ」だらけになりました。
先日はアレキサンドリアのガワッドさんにも「私の名前はニホンゴではどう書くんだ?」と訊かれました

「ガワッド」・・・カタカナは当たり前すぎる。
「がわっど」・・・ひらがなは可愛いけど、弱そう。

漢字にするとどうなる?あまり凝ると暴走族風になるけど、
「我和人」 「我輪人」 なんてどうかしらん? 
誰かアドバイスをくれませんか?

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2006年9月20日 (水曜日)

再びイスカンダルへ・・・【車窓から】

カイロからアレキサンドリア(アラビア語でイスカンダレイア)へ行くには、汽車が手軽です。前回は初めてだったので生徒に手伝ってもらいましたが、今回は切符を買うところから一人で・・・。

『切符はタズカラ、か。二等がダラガ・タニヤで・・・。』と考えていったものの、結局『イングリーズィ?(英語を喋れるか?)』と、なってしまった。

「カイロを離れ♪ イスカンダルヘ♪ 木剣背負い♪ 今旅立つ♪」・・・頭の中で佐々木功の声が聴こえる。3個で60円のサンドイッチを食いながら、お気楽なオヤジ。

『この駅は・・・? タ・ン・タ、か。そういえば先月この辺りででかい衝突事故があったよなぁ。』と考えていると、目の前にその「事故車両」が!生々しいね、どうも。
南無阿弥陀仏・・・。

郊外に出ると田園風景が広がります。稲、綿、トウモロコシ・・・。水牛が鋤を引いていたり、家族総出で刈入れをしていたり。のんびりとした光景です。

1.近郊を走る、いわば通勤列車。「日本には新幹線があるんだろ?」『ああ、でも日本じゃ扉は閉めて走るよ。』
2.同じ線でこの一ヶ月に2回の事故があった。
3.牛・馬・ロバは大事な労働力
4.日干し煉瓦で作業小屋作り(だと思います)
5.遠くに見える塔はハト小屋 『何故、【平和のシンボル】 を食ったりするんだ?』   「美味しいから。」

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2006年9月19日 (火曜日)

再びイスカンダルへ・・・【砂漠の民】

アレキサンドリア在住の合気道家ガワッドさんを訪ねた日、稽古が終わり夕食を済ませて、よもやまの話をしているところへ弟のテイモールさんがやってきました。T-シャツには「パリ・ダカ」のマーク。・・・・彼はサハラ砂漠の魅力に取りつかれた【砂漠の民】です。

「Mr.オノ、兄貴とアイキドーばっかりやるんじゃなくて、今度はゆっくり来てくれ。スィーワ・オアシスの方に案内してやるよ。
周囲200km。360度。細かな砂だけ。地図の無い、GPSが頼り(砂丘が動くから)の世界だ。
全く音が無いんだ。初めは耳が痛くて慣れるのに一日かかるぐらいだ。」

Cimg3849 「事故は無いね。ランド・クルーザーのおかげさ。エンジンは丈夫だし、メンテナンス性も良い。第一に、シャーシーが他のどんな四駆とも違うんだ。ハマー?チェロキー?いいや、ランド・クルーザーにはどんな四駆もかなわねぇ。必ず無事に家に帰らせてくれるんだ。」

「俺はベドウィンたちもたくさん知ってる。奴らは敬虔なモスレムだが、み~んな、『ラン・クル』の設計者のために感謝の祈りを捧げてるんだ。何千人もが、毎日だぜ。設計者がどんな奴かは知らねぇが、そいつは死んだら必ず天国に行けるぜ。」

「だが、スィーワも有名になって変わりつつある。リゾートホテルが建ったり・・。観光開発は結構なんだけどね。・・・ま、それはともかく、一度日本に行きたいね。俺はサーファーでもあるんだ。日本じゃサーフィンが盛んだからな。こっちにゃ砂のサーフィンていうのもあるんだぜ・・・。」

目を輝かせて、熱く語り続ける少年のような彼の話は、果てしなく続きました。

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2006年9月18日 (月曜日)

再びイスカンダルヘ・・・【稽古編】

地中海の町、アレキサンドリア(アラビア語で「イスカンダレイア」)へ行ってきました。前回同様、一泊二日で其処の合気道家ガワッド氏のお世話になりました。

今回は観光は無し。稽古だけが目的でしたので、初日は午後一杯、二日目は出発直前まで都合6時間あまりたっぷりと稽古しました。人数は少ないですが、リーダーのガワッドさんはもちろん、みんな熱心です。

中に一人、ハゼム君という、「ヘラクレス」みたいな男がおりまして、いくつかの技を跳ね返されてしまいました。未熟さを実感。「寸分狂っても技にならねぇんだ」昔、師匠にいただいた戒めが身に沁みます。

ガワッドさん(合気道2段、柔術、ムエタイのインストラクター)によると、
「ハゼムのパワーは桁外れ( incredible )だ。この間、がっちりと【腕絡み】をかけたらグイッと腕を伸ばして、そのまま身体をリフトアップされちまったんだ。」
そんな彼でも「礼を尽くして学ぼう」という姿勢を崩さないのはリーダーのガワッドさんの人柄でしょうね。

1.前回プレゼントした手拭いを額に入れて飾ってくれていました。向かい側の柱には翁先生の肖像写真。
2.後列左端がハゼム君。
3.ガワッドさんの愛車 :ステッカー「グレイシー柔術」
4.愛車のステッカー「合気道」
5.愛車のステッカー「タイ式ボクシング」

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2006年9月17日 (日曜日)

スモール・フェイス

合気道「シューティング・クラブ」道場長のヒシャム氏のところに男の子が誕生して、1ヵ月を記念して、お祝いのパーティがありました。

ヒシャムさんは、日本(大阪)にも何年か住んでいたことがあって日本語はペラペラ。アラビア語、英語、日本語と手話(アラビア語の)まで自在。
初めての子供とあって「いや~、大変ですよ~。」と言いながら子供の話しをするときは嬉しそうです。

赤ちゃんはいいですね。純粋さのゆえか、新しい生命の力のお陰か、周りの人間がみんなニコニコと、幸せな気分になります。
彼の名前は「ゼヤード」。=「たくさん物をあげる(施しをする)人」という意味だそうです。ちなみに「ヒシャム」=「寛大な人」。エジプト人は「自分の名前・父親の名前」と名乗りますから、「ゼヤード・ヒシャム」君です。「寛大で、施しをたくさんする人」は私たちに幸せなひとときをプレゼントしてくれました。

1. 車のルームミラーにこんな飾りをつけるのは「私んちに赤ちゃんが生まれました~。」の印だそうです。
2. 幸せファミリー。
3. 抱っこさせてもらいました。手も顔も小さい!
4. そんなことを言ってたら、・・・やられた~! 「お漏らしされると、新しい服が増える」という諺があるんですと。「センセイ、もう片方どうだ?」
5. この人、小児科のお医者さんです。・・・食べちゃダメですよ!
6. お祝いの特大ケーキ。
7. 食器棚の上にはさりげなく・・・。
   

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2006年9月16日 (土曜日)

行き先を確かめてから・・・

移動手段にはよく、バスを利用します。
一部のバスはフロントガラスに数字で行き先を表示しています(手書き)。
一緒に「・・・方面、・・・行き、経由地・・、・・、・・。」と書いています。読めません。私のレベルはアラビア語を「読む」のではなくて、「解読」です。

一字一字、アルファベットに分解して、発音を考えているうちにバスは行ってしまいます。数字はナントカ読めるのですが、我々に馴染みの「アラビア数字」と「アラビア語の数字」は違うのでよく間違います。

先日も2と6を間違えて、家と逆方向に行ってしまいました。市街の地図は持ち歩くようにしていますが、『歯抜け』の部分が多くて頼りない。たぶん、軍関係の施設が多いので「完全な地図」というのが作れないのだと思います。

どうするか?
『とりあえず終点まで行く。そこでもう一回分料金を払って
「知っている場所」まで戻る。』 のが今のところの解決策。
周りの人間に尋ねればよいのですがエジプト人は(彼らの親切心のゆえに)「 I don't know. 」ということを言わないので状況が悪化することもある。

まぁ、エジプト人なら捕って食われることもあるまいし、いよいよ困った時には自分の行き先を『連呼』すれば誰か助けてくれます。
それにしても、普段の生活圏を一歩出ると全然景色が違う。まるで
『異国』にいるような気が・・・しても当たり前、か。

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2006年9月15日 (金曜日)

エジプト人気質 2

『エジプト人の悪口』を言うつもりは無いのですが、彼らの「悪しき特徴」を思いつくままに。・・・やっぱり悪口かな?

整列しない : 地下鉄の切符売り場。食堂のレジなど。目立ったモン勝ち。
交通マナーが悪い : 人も車も「ぶつからなければOK」「怪我が無ければOK」
特にバスの乗降時のマナーが悪い : まだ降りてるっちゅうねん!待っとれ!
「俺は物知り」 : よく聞く「I know it. 」 聞いたこと無い「 I don't know.」

これらは日頃、街を歩いていて思うことですが、先日、子供の稽古中に同じことを感じました。
 
「センセイ、これでいいか?」、と言われて見てやっているところに別の子が割り込んで来て、「センセイ、これでいいか?」。   
誰かが受身、素振りをしていても平気で横切る。100畳の道場で、20人足らずで稽古して、何故ぶつかる?
教えてやっていると「 I know how to do, but・・」 間違っとるから教えとんのじゃ!黙ってちゃんと見とれ!

しかし、毎日来るし楽しそうにやってるし、まぁいいか、と。
ドンくさくて、かつマジメな子は特に可愛いですね。「こんにちは」「さようなら」の挨拶は「礼」ではなくて「握手」です。10歳くらいの子に握手を求められると「お、お前さん大人だねぇ。」と思ってしまいます。

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2006年9月14日 (木曜日)

レバニーズ・フード

タイトルは「レバノン風の」料理、という意味です。
合気道の会員で、「父上がレバノン出身、母上はエジプト出身」のユセフ・ナントカ君(例によってフルネームを知らぬ)のお宅に招かれました。

イスラエルとレバノンの紛争があったころ、しばらく顔を見なかったので心配していました。先日、久しぶりに出てきたので、『現地の、お前さんの親戚は大丈夫か?』と訊いたのですが、そのことを喜んでくれたようです。

「レバノン系エジプト人」であり、「エジプトでは少数派(人口比 10% 以下)のクリスチャン」である彼とご家族の視点や話は、一般のエジプト人とはまた違った観点があったりして興味深かったです。

共通するのはよく食べること。
『もう、満腹や』と言っても許してもらえず、『お代わりは少しで良い。』と言っても「センセイ、アラビア語にはそんな言葉は無いんだ。」  
エジプト流のホスピタリティーというやつ。

「ランチ」が始まったのは午後5時頃。
ブドウの葉に米を巻いたもの、パイ生地に挽肉を乗せたもの(ヨーグルトをつけて食べる)。肉とオクラのトマトソース煮なども私には珍しく、美味しかったです。
デザートはバスフーサというのか、カステラ風の甘~~い お菓子。さらにアイスクリーム。

食後はリビングで家族の「おしゃべりタイム」。・・・果てしなく続きます。
お婆さん(ピンク色の人)は刺繍が得意だそうで、壁には作品が並んでいました。 温かい家庭での、楽しいひと時でした。
帰宅後、量ったら体重が3kgほど増えていました。

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2006年9月13日 (水曜日)

エジプシャン・フード

「センセイ、今日は何か予定はあるのか?無ければ何か食いにいこうぜ。」 ある日の稽古の後で言われました。夜の10時過ぎに予定などあるはずも無いので答えはいつも通り  『いいっすねぇ。』

「シューティング・スポーツ・クラブ」は私の自宅に近い。すぐそばには『アラブ連合通り』という大きな通りがあります。普段から賑やかな界隈ですが、夏場は特に『湾岸の「アラブ諸国」から避暑に来る』人たちで一時的に人口が増えます。周辺のホテルやアパートは満室状態が続き、賃料も上がる。

それを当て込んで、というだけでもないのでしょうけれど商店も多いです。今、エジプトで成功を収めている商売は「食べ物」、「靴」、「女性衣料」、「ネット関連」 の4職種だそうですが、その関係の店もたくさんあって、夜中(彼らにとっては宵の口)も煌々と灯かりが点いています。外食に不自由しないのは、私にとってはありがたい。

『今日は何を食べるんだ?』
「エジプシァン・フードだ。」
『それは、わかってるがな。』 

・・・ということで、他の日に食べたものも含めて、【エジプシァン・ローカル・グルメ】 の写真を・・・。  2.とか 5.なんか大阪で店を出しても流行るのではないか、と思います。
大学祭の模擬店にいかが?

1.シャウエルマ : ヒーターの前で肉の塊りをぐるぐるとあぶり焼き。焼けた部分をそぎ落として、下の鉄板で野菜と一緒に炒める。パンに挟んでサンドウィッチにする。
2.ファッティット with シャウエルマ : ご飯(我々に馴染みの米)の上にシャウエルマ。ガーリック・ドレッシングをかけてある。 エジプト風ピビンバ。 超・美味。
3.ロズ・ラバン & フルーツ : デザートは「別腹」。米とミルク(甘~い)の上にアイスクリームとフルーツのてんこ盛り。エジプト風パフェ。
4.普段の朝食 : アェーシと呼ぶパンに「豆コロッケ=ターメイヤ」、「トマト&チーズ」、「マッシュドポテト」、「ナスの炒め物」等を挟んで食べる。
5.フィティール : エジプト風お好み焼き。薄~いピザ生地に色んな具を包み込んでレンガ造りのオーブンで焼く。具はチーズ、ツナ、ソーセージ、野菜(オリーブとかトマトとか・・)等。 あぁ、食いてぇ!
6.シュガーパイ : 名前からして甘い。上と同じピザ生地にカスタード・クリーム(私はこれが好き)などを包み込んでオーブンで焼く。粉砂糖をた~ッぷりかけて食べる。

A_3Q W D_1 X S

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2006年9月12日 (火曜日)

黒は強いぞ!

高校生の頃、私は柔道部に入っていました。柔道を始めたきっかけは、中学校3年生のある日、 『カツアゲ』に遭ったからでした。

そのころの私は、背は高かった(178cm)のですが、「デカイだけ」でした。その上、5,6人に囲まれてはどうしようもない。「小遣い貸してくれや。」と言われても金が無かったので「かわりに」ボコボコにされてしまいました。小さい頃から『ドンくさい』子供で運動オンチだったのですが実に情けなく、悔しかった。「強くなりたい!せめて、自分を守れるようになりたい。」 ・・・ありがちな、使い古された話。 でも本当の話。 

当時、『キャンディーズ』が全盛期でTVのCMにもたくさん出ていました。
その中で、電機メーカーのCMで 『黒は強いぞ!』 というのがありました。メンバーが柔道着(空手着?)を着て黒帯でガッツポーズ。別にファンという訳ではありませんでしたが、妙に印象に残っていました。

Obi

高校の入学式ではクラブの勧誘がいわば『風物詩』
柔道部のキャッチフレーズが『黒は強いぞ!』でした。

高校一年生の年の暮れ、『ドンくさい』 少年も何とか初段、「黒帯」をもらえることになりました。それまでの人生で、運動に関して他人から認められた経験が皆無だったので、「初段の免状」と先輩から送られた「黒帯」がどれだけ嬉しかったことか・・・。少々色褪せていますが今でも使っています。

「黒」 は他の色に侵されない、強い色です。裁判官の法服も黒色。法を守る、強い信念を象徴します。「黒」は強さのシンボルです。そして黒帯は、『ドンくさ少年』 の唯一の心の拠り所でした。

以来、今年で丸30年。 縁があって合気道に転向はしましたが、まさか「センセイ」と呼ばれるようになるとは・・・。
その『世界一ショボい合気道のセンセイ』  も本日、46歳になりました。「躍進の青春」も半ば。 
躍進しているかどうか、はともかく 
☆ハッピィバースデー・トゥ・ミー ☆

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2006年9月11日 (月曜日)

モーニング・サービス

午前中は近所にあるスポーツクラブで、主に『素振り』をしています。大した回数ではないし、200畳もの道場は必要無い。 家の中でも出来るのですが、気分転換をして、身体を目覚めさせるためにもクラブまで行ってやることにしています。

・・・といってもマジメにやりだしたのはほんの1ヶ月前。でも「30日」続いてますから、もう生活サイクルの一部になった、と判断できるでしょう。D_3

ゲートのガードのおじさんたちとも顔なじみになって、「アイキドー! オノ! ここに来て一緒に飯を食っていけ!」 ということもあったりして。『モーニング・サービス』付きの稽古なんて、なかなか無いでしょう?
「あんたはネズミ年生まれやからな、金持ちにはならんでも食べるには困れへんわ。」 遠い昔、お袋に言われたものです。 母ちゃんは正しかった?

オマケ。自宅周辺の写真を少し。左上から。 

1.路上の「飲料水」 素焼きの壺に入っている。『歩き方』 P.436 参照。 
2.現代版の「飲料水」=街のあちこちにある。金持ちの篤志家による寄付。通行の方はご自由に。
3.周辺は15,6階建て以上の高いビルが多い。ほとんどの建物は2階より上はアパートになっている。
4.クラブ内では何故かクジャクが飼われている。誰に訊いても理由が分からない。 以前はハトを飼っていたそうな。それも、射撃の的にするため!
5.自宅玄関。第一の扉。
6.自室の二重扉。表通りからこの部屋に入るまでに都合4つの鍵を開けなければいけない。アルカトラズ@カイロ。
7.アパートに棲みついてるネコが子供を産んだ。昨日、ウッカリその仔を踏んだ。

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Neko

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2006年9月10日 (日曜日)

協力隊の大先輩

私は高校時代、柔道部に入っていました。当時、有段者の先生がいらっしゃらず、もっぱら「OBの先輩方」が指導に来てくださっていました。しかし、夏休み以外はほとんど自分たちだけの練習でした。私たちの頃は個人も団体戦も弱かったです。

練習のテキストにしていたのは「絵で見る柔道教室 ~ 真柄浩著」と「バイタル柔道 ~ 岡野功著」でした。 「絵で見る・・」は初心者にも分かりやすく、今でも店頭に並んでいると思います。名著です。著者の真柄先生はJOCVの初代の隊員で、「青年海外協力隊」の名前を私が目にした最初だったと記憶しています。 「バイタル・・」は知る人ぞ知る名著。K-1の選手も愛読しているとか。

「絵で見る・・」はJOCV時代にニューギニアに持参しました。武道関係の本は片っ端からカバンに入れていったものです。しかし、後にこれが現地で(合気道と並行して)柔道を指導して、その子らが大会で活躍することにつながるとは思いも寄らぬことでした。

著者の真柄先生に、「現地でテキストにしたいのでコピーの許可を下さい。」と手紙を書いて(今、考えたら冷汗ものですが)それでも快く承諾のご返事をいただきました。   「思いっきり青春してください」の言葉に感激したものです。 

協力隊に参加したのは、20代最後の2年間でした。『情熱の青春時代』の思い出です。

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2006年9月 9日 (土曜日)

森杉夫先生のこと

大学時代所属していた合気道部の初代顧問、森杉夫教授が定年で退官されたのは、1981年のことだったと記憶しています。我々部員で記念のパーティーを開きました。

席上、『大学生として大切なのは【知力】、 運動部員としては【体力】、 武道人としては【徳力】。そしてさらに、合気道人として【気力】、 大阪府立大学の学生として【迫力】のある人間になってください。 諸君の活躍を祈っています。』 というようなご挨拶を頂きました。

和歌を能くする方だったそうですが、この【 ○ 力 】というフレーズが今でも耳に残っています。当時2年生だった私はお会いしたのもお話ししたのもこのときが最初で最後でした。マジメに勉強してりゃ良かったな、と思いましたが、もう遅かった。 「言葉の達人、巨人」という印象でした。 

 

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2006年9月 8日 (金曜日)

青春時代が夢なんて・・・

「森杉夫」という先生がおられまして、われわれの大学の合気道部の初代の顧問をお願いしていました。その方の持論といいましょうか、よく話されていたことです。

曰く ・・・ 【 人間は一生青春。10代は憧憬の、20代は情熱の、30代は努力の、40代は躍進の、50代は自信の、60代は円熟の、70代は自在の、80代は奉仕の、90代は報恩の・・・。青春は一生続く。】

『青春時代が夢なんて、後からほのぼの想うもの・・・』という歌がありましたが、「いや、後から振り返るなどと、人生とはそんな消極的なものではない。人は今、この瞬間、まさに青春を生きているのだ。」私は森先生の話をこういう風に捉えています。私の好きな話で、機会があるごとにあちこちで紹介しています。
で、この話を私の知り合いの、ある 「ヒト」 にしました。すると、『いい話だな。でも、
100歳代が無いじゃねぇか。 お前のとこの、阿部先生のイメージだと・・・ 【闊達の青春】 ていうところだな。』

・・・・ところで。 今日は私の妻(この画面の右側で怒っている人です)のXX回目の誕生日。彼女も○○の青春に突入して幾星霜・・・。誕生日を祝ってご馳走を作って。。。今年は私一人で食べることにしましょう。
ベテランOLに、ハッピーバースデー! 

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2006年9月 7日 (木曜日)

ビッグフェイスのせいです

「カイロ・アメリカン大学」という大学がありまして、構内には大きな本屋さんがあります。自宅からはバスを乗り継いで40分ぐらい。ダウンタウンと呼ばれる、繁華街にあります。構内に入る際には用件を言って、写真つきのIDカードを預けさせられます。警備が厳重。

今日、近くに用事があって、大学前の通りを歩いていましたら、「センセイ!」と呼び止められました。見ると、合気道の会員でした。そこの学生なんだそうです。申し訳ないけど名前を覚えてない。稽古着姿でしか会ったことが無い人ですが、私が東洋人だから目立ったのか、それとも「ビッグフェイス」のせいか・・・?

22,3年前のことです。当時、私は同期のH田君と共に毎週末「吹田市合気道教室」で指導の手伝いをしていました。その頃私はメーカー勤務のサラリーマンでした。ある日、朝一の新幹線で出張したことがあります(もちろん、スーツにネクタイ姿)。家で朝食を食べそびれたので新大阪駅構内の店でサンドイッチを買いました。
「はい、小野先生。いってらっしゃい。」 という店員の言葉にひっくり返りそうになりました。「合気道教室」に来ている高校生がアルバイトに来ていたのでした。申し訳ないけど、名前を覚えてなかった。(・・・どうも昔から進歩が無いな。)稽古着姿でしか会ったことが無い人ですが、やはり東洋人は昔から目立って・・・。

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2006年9月 6日 (水曜日)

抜き打ち査察

― まず、長い前置きです ―

【 私のアパートは3ベッドルーム、それに加えてリビングは30畳分以上あると思います。 その、リビングの壁にベッドのマットレス(余っている)を立て掛けてその手前に手裏剣の的を置いています。
その『的』は玄関を開けるとすぐに見えます。
周りにいつも木屑が散らばっています。
よく見ると、床や壁に所々キズがついています。
一方、大家さんはソファを動かすのも「床を引きずらないでちょうだい!」という厳しい人です。
部屋にある木剣や掛け軸が珍しくて仕方ない(普通の外人はそうかな?)。30分ぐらい質問攻めにあったことがある。 】

・・・・ある日、昼飯を済ませてリビングで ボォ~~ッ としていると、チャイムを鳴らしてドアをノックする音が・・・。

 『誰や!』 
(大家さんの声で)「私よ。開けてくださる?」
『ち、ちょっとお待ち下さいやして、おくれやして、ごめんやっしゃぁ~。』(英語で何と言ったか思い出せぬ。いずれにしてもこの行は翻訳ソフトにかかるまい。)
大急ぎでとりあえず手裏剣だけは隠して、婆さんを招き入れた。

水漏れの原因調査のため、全館を点検中なのだとか。幸い、バスルームはリビングと反対方向。マットも木屑もカーペットも超・大急ぎで片付ける。

「ありがとう、Mr.オノ。 あら、汗をかいてるわね。」
『はひ。ちょことエクササイズばしてました。』
「それはお邪魔したわね。 2,3日の内に水道屋が修理に来るわ。」
『 Yes, I do. 』  と、わけの分からん応対をして、とりあえず事なきを得た。
そんなわけで、しばらく手裏剣遊びは中断となった。

・・・しかし。最近はこのブログもいろんな人が見てくれています。エジプシァンの知り合いも何人か見ています。ある日突然、大家の婆さんから「コメント」なんて来たらどうしよう・・・。
「Mr.オノ。全部知ってるのよ。穴だらけのマットとキズだらけの床と壁を弁償して、さっさと出てって頂戴!!」 なんて。

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2006年9月 5日 (火曜日)

スケベニンゲン

最近、迷惑メールが増えてきました。「nifty」のサイトのデザインに似せた紛らわしいものもあって、手が込んできました。 海外発?と思しきものもある。

曰く、「近所に住んでるって、偶然知ったんです。」 (うそつくな!このアホ) 「明日、1時に駅前で待ってま~す。」 (うそばっか・・・。でも、万が一、本当に待っていたら『ブログネタ』として有り難いかも・・・。) ← こんな『スケベ心』を持ってる奴がいるから迷惑メールも後を絶たないのでしょうね。

ところで、『スケベニンゲン』 という名前の街がオランダにあるそうです。(東京の銀座にはそんな名前のレストランもあるとか。) 街のほうの『スケベ…』は結構有名です。ネットで検索しても数百件以上のサイトがヒットします。『珍名サイト』、といってもこちらが勝手に偶然の一致を喜んでいるだけですが、「エロマンガ」なんて島もあるらしい。 エジプトの地名では「シワ」(スィーワ・オアシス)が紹介されています。

地名ではなく、人名では、ニューギニアにいた頃の生徒の一人で「エリック・クマサン」が一番印象に残っています。毎日、森の中から通ってきていました。(ウソです。) ここエジプトでは「アハメッド・シャウキ」君がいる。「祥氣」くんです。日本の我々の道場の人間にはインパクトがある。(ま、内輪のネタです。) 
『ムハマッド』 はもっともポピュラーな名前の一つですが漢字にすると凄いです。
『武覇窓』 !

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2006年9月 4日 (月曜日)

人類みな親戚?

以前から疑問に思っていることがあります。世界中の色んな、それも、とんでもなく離れた土地で同じようなものが発明されたり、似た習俗があったりすることです。

私にとっては「弓矢」がその疑問の最たるものでした。アフリカ、ユーラシア(もちろん日本を含んで)、それに北米。
特徴ある武器は、南米では吹き矢かな?オーストラリアでは槍(投げ方に特徴あり)とブーメラン。この二つを省いても「弓矢」はすごく広範囲で使われている。
ちなみにニューギニアの主要な武器も弓矢です。
すでに発明された「弓矢」自体が伝播したのか、それともその土地に定着した人間がそこで発明したものか・・・?

エジプトに来て目に付くのは女性が(果物売りの男性もですが)荷物を頭に載せて運ぶ姿。500ccのペットボトル1本だけを頭に乗せて運んだりする。 
日本で言うと荷物を頭に載せているのは「大原女」ですか。
ニューギニアでは女性は手提げ袋の長い持ちひもを額に引っ掛けて袋を背負っていました。

この疑問をアスカラニ君にぶつけてみました。
「センセイ、その共通の発想こそが、人類が共通の祖先から出たっていう証拠だよ。」

ん~、なるほど。  納得・・・?  ん~。不思議。

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2006年9月 3日 (日曜日)

(またまた…) ピクニック 3 

「正直に言いや。本っ当に稽古してる?」  『してるってば!!』  妻との「スカイプ」での会話にこんなやり取りが増えてきた今日この頃・・・。 「先生、明日の休みはみんなで泳ぎに行こうぜ。」  『いいっすねぇ!!』  ・・・念のために言っておきますが、稽古をした後でのやり取りですから。

ファイダは、紅海沿いの街。イスマイリアの南方約40kmにあります。例によって早朝7時集合、深夜0時帰着。さすがにカイロを100kmも離れると星がきれいでした。

ランチのデザートに「マンゴー」がでました。「マンゴー」はエジプトの名産。彼らに言わせると「世界一美味い」。 食べ方は、二つに切った後、 写真左:方法1.中身をスプーンで掻き出す。 同、中:方法2.縦横に切れ目を入れて、皮の側からパカッと中身を押し出してかぶりつく。 同、右:食べた後は、あまりの美味しさにみんな踊りだす。B_1 C A_1

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2006年9月 2日 (土曜日)

王様の引越し

鉄道のラムセス駅前の広場には高さ20m以上はあろうかという『ラムセスⅡ世』の石像が「立っていた」のですが、このほど引越しすることになったのでその様子を見物に行きました。(作業は8月24日深夜に行われた)

ラムセス駅はカイロ市街の中心地にあって、国内各地へ伸びる鉄道網のターミナル駅です。アレキサンドリア行きの列車もここから出る。十数年前までは駅前は広々として、噴水などもあって『ラムセス像』はその駅や街のシンボルでした。しかし近年、周囲のビル群の増加に伴ってその存在感が薄れつつあり、また何よりも交通量の増加による渋滞の緩和が急務となっていました。その上、排気ガスによる石像へのダメージも懸念されるために移転が決まったようです。

引越し先はギザのピラミッドの傍に新しく建設予定の博物館の敷地内。当日はセレモニーなどあったはずですが、我々『野次馬』の興味は巨大石像が立ったままトレーラーに乗って直線距離でも10km以上離れた場所へ「移動する」シーンです。交通への影響を最小限に抑えるために作業は深夜1時頃に行われました。外国のTVクルーなんかも取材に来ていてお祭り騒ぎ。

『ラムセスⅡ世』といえば映画『十戒』でユルブリンナーが演じていた王様です。・・・という話をしたら、「その映画は『預言者=モーゼ』を人間が演じているから(チャールトン・へストン)公開されていない。」のだそうです。いろいろと難しいものですね。

コースの途中、何ヶ所か橋を渡るところがありますが、6時間も付き合ってられないので私たちが見たのは出発の部分だけ。往年のTVシリーズ「サンダーバード」を彷彿とさせるような(古いねこれも)大掛かりなシーンに街中が沸いていました。A B D E F G H

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2006年9月 1日 (金曜日)

「テツ腕」健ちゃん

今日から9月。妻と自分の誕生日があり、結婚記念日があります。私は毎年、9月の一ヶ月間は平穏な気持ちで、なるべくニコやかに過ごすように努めています。ここエジプトでの生活においては改めてそんなことを考えなくてもストレスの無い平和な毎日ですが。

うちの妻は「腕フェチ」とでも云えばよいのか「逞しい、筋肉質の腕」が大好きです。ボディービルダーの筋肉ではなくて、「働く人のゴツい腕」をもった男。その次の条件が男前。 私と付き合い始めたのは「肩から先の部分」が気に入ったから。 エジプト滞在中の至上命令は『腕の逞しさを維持するべし!』 『素振りは毎日欠かさず続けるべし!』 『腕立て伏せもサボらずに続けるべし!』 『明日のために、打つべし!打つべし!打つべし!』 ・・・・。

エジプト人は一般に肥満体形が多いです。かと思うとやたらに鍛えまくっている人も多いのは以前にも書いたとおり。服屋さんのマネキン人形は「理想の体形」を現しているのでしょうが、男性の人形の『腕』は妻にも気に入ってもらえると思います。逆に女性の人形は「そんな細いやつがおるんやったら連れて来い!」と、言いたくなります。Cimg3507 Cimg3490a

妻が11月にこちらに遊びに来ることになりました。今からドキドキ…、いやビクビク…、違う…そうそう、「ワクワク」しています。  あと2ヶ月。『朝練』のメニューを見直さなくっちゃ!

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