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2006年9月30日 (土曜日)

「ツワモノ」達の傷のあと

弁護士のシェリーフさん(お笑い系とは別の人)は、20歳代の頃までは柔道をやっていて階級別の国内チャンピオンだったこともあるとか。怪我をきっかけに合気道に転向したそうですが、「固い稽古」を気に入ってくれています。

アレキサンドリアの合気道家ガワッドさんによると「シェリーフと俺は古くからの知り合いだ。若い頃、彼は『売られたケンカは必ず買う』奴だったものさ。正義感の強い奴だったからな。今はそれが仕事になっちまったが。」だそうです。

本人に確かめてみました。『ガワッドさんが・・・・と、言ってたよ。』
苦笑いしながら「俺は、若かったからな。・・・これと、これと、これと、これと、これと、これは、その頃の傷跡だ。」
よく見ると腕や唇に傷がある。刃物の傷あともある。ムム・・・「正義の戦士」か。

「ガワッドだって似たようなものだったぜ。キックボクシングなんてやってたからな。結婚してからは落ち着いたが。」

ずいぶん昔、師匠に言われたことを思い出しました。
「おめぇは、ケンカはよくやったのか?」
『いえ、小さい頃からケンカしたことないです。』
「ふ~ん。だから伸びねぇんだな。・・・【 ふりかかる火の粉は払わねばならぬ。かからぬ火の粉は煽いでおこす】、ってな。昔は言ったもんだ。」
「翁先生は、『何、ケンカをしてきたと? ばか者! ケンカはならぬ!・・・で、勝ったのか?』って、おっしゃってたものだ。『はい』と言うとニコニコしてる。茶目っ気のある先生だったよ。」

【破邪顕正の鉄拳】 は時代も国境も超越する、ということでしょうか。

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コメント

「かれいしゅう」!大笑いさせていただきました!やはり昔の武道家のみなさまは、腕試しの感覚でストリートファイトにあけくれていたんですかね?喧嘩できる→根性ある→成長早いという感じでしょうか。

ちなみに僕は喧嘩をしたことありませんし、根性は毛ほどもありません・・

投稿: 豆@京府 | 2006年9月30日 (土曜日) 午後 06時02分

こちらには「毛は少ないけど、根性はある」人が多いようです。
街の中での殴り合いは2~3度見かけましたが、「キレる」イメージはあまり無いです。
でも、たちの悪いのはナイフを振り回すやつもいるみたい。
もちろん、白昼、街の中で、というのはまだ見たことないですが。

投稿: びぐふぇいす | 2006年9月30日 (土曜日) 午後 07時25分

・・・で、勝ったのか?←最高です。やはり翁先生は素晴らしいこといいますなあ。
とはいえ、昨今見受けられる小学生がカッターナイフを振り回すとかいう暴力はNGでしょう。OKラインなのは『昭和残侠伝』の高倉健のような人の喧嘩でしょう。たぶん、耐えに耐えて素手で一発やる喧嘩はいいものかもしれません。座して死を待つほどおろかかもしれません。

そんなことを前提に考えると戦争のありようを静かに考えなおしたくなります。
戦争、殺人はあってはならないというのは当然ですが、私は仕方が無いとも思います。【戦争】の反対語はなんですか?考えてください。決して【平和】ではありません。【無秩序】であります。戦争は政治行為です。秩序を回復するための政治の延長行為であります。それ以外の国家間の暴力は無秩序テロであります。平和という【秩序】が保たれなくなったとき、それを回復するのが【戦争】という行為です。もちろん戦争は最終手段で、避けるべき行為です。しかし、先に書いたように、座して自国の死を待つということはさらなる【無秩序】を招き、亡国となる危険性があります。

夜の中には自虐史観論が広まっています。先の戦争を多少でも容認すれば、左翼にナショナリストと呼ばれます。しかし、私はすべてに理由があると信じたい。
三等国に位置づけられた開国当時の日本に『富国強兵』は必然だった。
自国から産出する資源があまりにもない日本が、ソーシャルダンピングを受けたり、資源輸出を凍結させられたとき、日本が海外に進出することは当然だと考える。
ソーシャルダンピングされるには、日本に非があるからじゃないか!といわれそうだが、それにも長く続く理由がある。そしてすべて不平等条約につながる気がします。

戦争にも、喧嘩にも理由なき反抗は罰せられるべきでありますが、必然たる争いはこの世にあって当然だと思います。殺し合いはいけない~と言って、デモしてイマジンを口ずさむことのほうが破滅的な気がします。だれでも殺人はいけないことはわかってる。それよりも、殺したくて殺してしまったり、戦争を避けることができなかったことに反省するべきです。現在おこっている戦争は批判しても意味があまりありません。どうしたいのって感じです。事後処理などを冷静にしたいものです。そのとき、イラク戦争はやはり間違っている、米国の自作自演であるとわかればそれで大きな進歩です。
このため、首相が靖国参拝を反省という意味でするとき、私は賞賛します。靖国を皇国史観、戦前の悪の象徴のように嘆く極左の人たちがいます。靖国=A級戦犯と結びつけるパブロフの犬状態の人も沢山います。どうにかしてもらいたいものです。おのおのが確固たる意思を持ち、無知を克服して行くことが【平和】へとつながると思います。

中学の時、サッカー部員のあるまじき行為に耐えかねて喧嘩になったときは、ただただ停学を恐れていました。高校の時、クラスメイトと激突したときは停学を恐れることなくシメました。残ったのはやりようのない罪悪感でした。
たとえ秩序のために戦争をおこしても、同じ感情がのこると思います。そう考えると、やはり戦争は愚かな行為ですね・・。

WAR is broken out for the peace of the NEW WORLD ORDER.

投稿: 副島@同志社 | 2006年10月 1日 (日曜日) 午後 12時55分

急所のスイッチは切りかえれなければならない。とも言っていましたね。

投稿: 対比地 | 2006年10月 1日 (日曜日) 午後 10時50分

副島様、対比地様

まいどご来店ありがとうございます。

「熱くなるべき時にはそうならねばいかん」ということでしょうかね。
体験の裏付けのある言葉は、説得力、迫力があります。

投稿: びっぐふぇいす | 2006年10月 1日 (日曜日) 午後 11時24分

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