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2007年2月28日 (水曜日)

合気道 in アフリカ

『あんたエジプト人だろ?』という、「典型的なエジプト人顔」というものが未だにはっきりとイメージできません。何千年もの間、人や文化が交流し続けているせいかと思うのですがどう見ても「ヨーロッパ人」の顔の人もいますし「トルコ系」の顔の人もよく見ます。

先日『この人はどう見てもアフリカ人。』という人が道場に来ました。「ジブチの出身」だそうで、胸のワッペンに【D・A・C(ジブチ・合気道・クラブ)】とある。失礼ながら『ジブチって何処にあるの?』と訊いてしまいました。
「ソマリアとエリトリアの間で、イエメンの対岸の国ですよ。」と言われても余計に分らぬ。「エチオピアの北側の小さい国。」と聞いてようやく位置関係がつかめました。
この、ハキム君は「マダガスカルで仕事をしていた頃に合気道を習って、ジブチに戻ってから、セネガル人の有段者と一緒にクラブを立ち上げた。」のだとか。(地図帳を出して確認してみましょうね。)

日本のうちの道場には南アフリカやペルー出身の会員がいましたが、普段なじみの無い国にも合気道は普及しているのだなぁ、と改めて知った日でした。

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2007年2月27日 (火曜日)

虚弱体質?

エジプトに来て、風邪をひきやすくなったような気がします。「学生ツァー」の緊張感から開放されたせいだ・・・とは言いませんが、咳が止まらぬ。腰痛も再々々発してしまったので2日ほど稽古をキャンセルしてしまった。昨日は少しマシになったかと稽古に行ったけど結局早退。困ったもんだ。「歳のせい」にはしたくないし、かといってオーバーワークの可能性は全くないし。どうしたことでしょうな?
「ハチミツとレモンがいいぜ。」と勧められた。ビタミンCがよいのは万国共通の療法か。外出する気にもならず、家の中でレモンティーをがぶ飲みしながらひたすら休養。ジッとしていたら身体が腐りそう。気晴らしに手裏剣など投げて遊んでみても集中力を欠いて一本も刺さらぬ。余計にイライラしていると大家の婆さんが電話料金の請求に来た。

『こんばんは、どうぞ中へ・・・。(ありゃ、手裏剣の的を出したままじゃ!)』
さりげなく視界をさえぎる。
「いえ、ここで(戸口で)よくてよ、Mr.オノ。・・・あら、あなたテレビの位置を変えたの?」
『は、はひ。ワタシ、TVは観ませんでおますので・・・。(汗、汗・・・)』
「そうなの、・・・1ポンドのお釣りね。今、持って来るわ。」
どうやら【異変】には気付かれなかったようですが、婆さんが戻ってくる間に慌てて「的」を片付けました。

ソファーを移動するのさえ「床を引きずっちゃダメよ!」と言われているのに「部屋の中で木刀を振り回したり手裏剣を投げてる」なんて知られたら・・・。この婆さん、泡を吹いて倒れるかも知れぬ。そうなるとビタミンCでも効果はあるまい。
あぶねぇ、あぶねぇ・・・。

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2007年2月21日 (水曜日)

ホルモン・サンド

腰痛が再発してしまいました。こんなときは積極的に運動を「サボる」ことにしています。家の中にいても気になってイライラしがちなので気分転換に久しぶりに「終点までのバスの旅」をしました。

ギザ・ターミナルに着いてその辺を見物していると、「ヘルワン!ヘルワン!」と客を呼ぶ声が聞こえました。聞き覚えのある名前で、迷子になる心配も無さそうなので料金を確認してから乗り込みました。

ヘルワンはカイロの南方の工業地帯。カイロ市街中心部から地図上の直線距離で約20km。40分弱のミニ・ドライブ。料金は27円相当でした。郊外に出るとバスはやたらに「とばし」ます。スピードメーターはいつものように動いていませんでしたが。

Cimg7250駅前のスーク(市場)をうろついているとサンドイッチ屋があって、「牛のモツ煮」を発見。あら懐かしい。いわゆる、「ホルモン・ミックス」ですな。私の地元、大阪、鶴橋の味。1個40円なり。


Cimg7251 そのあと、のどが渇いたので「アッサブ(サトウキビ)ジュース」を飲みました。ジューサーの穴に「鉛筆削りみたいに」サトウキビを突っ込んで汁を絞ります。一杯10円。

日本人(観光客)は珍しいらしく、立ち寄った店ではやたらに握手を求められました。
腰痛は改善しませんでしたがよい気分転換になりました。

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2007年2月17日 (土曜日)

大顔旅行社・オマケ~日埃交流

よく、「日中友好」とか「日米首脳」なんて言いますね。「米朝会談」だと人間国宝が出てきて面白いことを言い合うとか・・・そんなことは無さそうですが。
「エジプト」は漢字で「埃及」と書きますから、我々の仕事は「日埃交流」というところでしょうか。

『日本から合気道の学生が来るんや。女の子もおるで。』 と道場で言ったらこっちの生徒達は大喜びでした。「日本人」の「女性」の「黒帯」と稽古できる機会はめったに無い。Cimg6762 Cimg6958 Cimg6970
私の知る限りではこちらで合気道を稽古している女性は現在のところ3名です。初段が1人。柔道だったら女子のチームがあるし、テコンドーなんかも女性の会員はよく見かけますが、合気道はまだまだこちらの女性には馴染みにくいようです。一番のネックは「掴み技」。手首を掴むことも、直接触れることになるので一般的には嫌うようです。

ともあれ、なごやかに楽しく稽古は終了しました。
「これから、ディナーに行くけど・・・。」と言ったら「俺も!私も!」と、全員ついてきたのにはちょいと驚きました。ま、私も逆の立場なら参加しますけど。

P1010203P1010196P1010305ちなみに日本から四人来た学生の内、最後まで残った二人は協力隊員の活動先を訪問して二ヵ所(保育園と日本語学校)で「ミニ演武会」を開いてくれました。私はその場にはいなかったのですが、なかなか好評だったみたい。

  ・・・ということで 【大顔旅行社=Bigface Tours】  しばらく休業します。

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2007年2月16日 (金曜日)

大顔旅行社・後編~痴漢とスリ

ツァーに来ている学生達とアレキサンドリアに行きました。カタコンベ、カーイトゥベーイ(世界の七不思議に数えられることもある、『アレキサンドリアの灯台』を土台にしているとか)、図書館などを見物しました。移動は主にトラム(路面電車)。その車中で・・・。

アレキはよい町です。空気もきれいし街もカイロほどゴチャゴチャしていない。私も大好き。任地を替えて欲しいぐらいです。唯一の欠点は【痴漢】の被害を(他の町に比べて)多く聞くこと。髪の毛や尻を触ってきたり、妙に近づいてきたり。今回もトラムの中で変な奴がいたようです。降りてからそのことを聞いたので対応できませんでしたが。

そんなことがあったので、カイロに戻ってからハン・ハリーリ(有名な土産物屋街)を散策中は気をつけていました。すると・・・。

10歳前後の少年が2,3人後ろからついてくる。気付かない振りをして見ていると学生(男性)のズボンの後ろポケットに手を伸ばしてきました。
『コラ!ワレ!』とその手を叩いて拳を突きつけて睨んでやりました。映画『ドラゴンへの道』でブルース・リーがギャングの事務所でボスを威しているシーンを彷彿と・・・させへん、させへん。彼らはすぐ逃げていきましたがまだその辺をウロついていました。

皆さんも海外旅行の際はくれぐれもご用心を。

【写真】 左:カーイ・トゥベーイ  中・右:ハワウシという、挽肉入りパン、90円。オーブンで焼く。美味です。
Cimg6632 Cimg6638 Cimg6636

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2007年2月15日 (木曜日)

ばれんたいん・でー

昨日は『St.バレンタイン・デ-』、でしたね。 昔から私とはもっとも縁の薄い年中行事?ですが、エジプトでも「バレンタイン・セール」があるのにはちょいと驚きました。クリスチャンの習慣ではなかったかいな?

Cimg7240Cimg7242チョコレート屋や花屋(どちらも結構多くの店があります)の店頭は華やかに飾られています。店も男女問わず客で賑わっておる。1ヶ月ほど前からボチボチと飾りつけはありましたが、やはり当日は最高潮でした。

ま、あたしにゃ関係ないですけどね。妙齢の女性には日本でもエジプトでも縁がないです。
女性といえば、道端で野菜を売ってる婆さんからは時々ネギを買います。。黒装束で、野菜よりも毒りんごでも売っていそう。いつも行くクラブの掃除のオバちゃんは「サバァ・エル・ヘール!ハビービ(お早う!ダーリン!)」と声を掛けてくれます。高齢の女性には若干、縁があります。

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2007年2月14日 (水曜日)

大顔旅行社・前編~レインマン

私が学生の頃(1979~83年)は「卒業旅行」なんて言葉は無かったように思いますが今は盛んですね。ちなみに辞書を引くと「80年代後半から云々・・・」とあります。バブル経済の産物ですね。英・仏・伊・西・韓の会話辞典にもありましたから日本だけの習慣ではないのかもしれません。自分が知らんだけか?

昨年の11月に二度、妻と友人の訪問がありましたが、今回は道場の学生達が「卒業旅行」としてこちらを訪ねてくれました。四名のグループが【延べ】二週間。「卒論が未完成」の人は先に帰国する(大丈夫かいな、こいつ?)。

今の季節はエジプト旅行の「ハイ・シーズン」だそうで旅行者も多いし(年中多いけど)観光施設の入場料金も若干高くなる。

「センセイの友達なら俺達が案内してやるよ。」相変わらずエジプシャンは世話好き。いつものように「お言葉に甘えて」空港への送迎や観光の案内を助けてもらいました。

「ギザの三大ピラミッド」見学はエジプト観光には外せないコースです。普通のエジプト人の中には「行ったこと無い」人もいるようですが、私は6回目。コースから外したかった。
「名ガイド、アスカラニ君」の助けを得られたのは幸運でした。下手なガイドブックよりよほど詳しい。ところが・・・。

Cimg6738Cimg6750  その日は私の10ヶ月あまりの滞在を通じて最低の天気でした。雨は降るわ風は強いわで目も開けられない。「バビル2世」じゃあるめぇし・・・。

『雨男か雨女がおるやろ!』
「センセイ、何のことだ?」
『日本語で【悪天候】をつれてくる人のことだ。』
「【レインマン】ということか。まぁ、これもよい経験だよ。」

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2007年2月13日 (火曜日)

英語教材

【その1】

ある日、シェリーフさんからメールがきました。(仕事しとるんかいな、この人?)

「センセイ、英語の勉強は進んでるかい?今日は英文の手紙のサンプルを送るよ。これが実生活の役に立たないことを祈るよ。」

⇒ 「dear_husband___dear_exwife.htm」をダウンロード 

・・・私には宝くじに大当たりした経験もないし、「弟」もいません。ハムド・リッラー。

【その2】

さらに翌日、第二弾が届きました。(やっぱり仕事しとらんな。)

「センセイ、信じるものは救われる・・・らしいぜ。」

⇒ 「prayer.txt」をダウンロード 

・・・現世利益のみを求むるなかれ。

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2007年2月12日 (月曜日)

おしゃべり好き

私が「ナンバル・ワン(No.1)・エジプシャン」と呼んでいるタハ君はおしゃべり好きです。シェリーフさんによると「エジプシャンがテロリストになれない理由」に「大声で話すから」、「おしゃべりだから」、「議論好きだから」・・・などがありますが、いちいち納得できます。

彼とは週に二回稽古しています。道場への往復は彼の車に乗せてもらいます。私と二人だけのときは会話のテンポも内容も大したことはないのですが、他に誰かが乗っているときには喋り続けています。
後ろを振り向いたり、両手を離して (コラコラ!) 大きなジェスチャーを交えて。

話題は他人の噂話、合気道のこと、車のことなど・・・。私はいつも横でなんとか聞き取れる単語がないかと、黙って座っているだけです。彼らのハイ・テンポ、ハイ・テンションに付いていくのは私にとっては至難の業。
そんな時彼らは、「・・・センセイ、are you angry ? happy ?」と訊いてきます。
そして、英語の話せる人が間に入ってくれたり、話題を切り替えてくれたりします。

行き帰りの車中だけでなく、普段からよく私を気遣って面倒を見てくれるのは何度もこのブログで紹介している通り。「センセイ、腹減ってないか?ジュース飲んでいくか?調子はどうだ?奥さんは元気か?」
ふと、『タハよ。お前らは優しいな。やっぱりテロリストには不向きだわ。』 と、日本語でつぶやいてしまいました。
「 What ?

『いや、なんでもねぇよ。・・・俺のワイフや日本の女性の生徒たちが「タハ君て、素敵!」って言ってたよ。』というと、実に嬉しそうに、照れながら
「 Thank you,
thank you !

タハさんや、俺も愛してるよ。だから車を運転するときには前を向いて、ハンドルから手を離さないでくれないか。

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2007年2月11日 (日曜日)

テロリストの条件

ある日、(実はほぼ毎日ですが)シェリーフさんからメールをもらいました。題して、「エジプト人がテロリストになれない理由」

「センセイ、世界の多くの人たちはイスラム教徒に対して偏見を持っている。でも、少なくともテロの犯人にエジプト人はいないんだ。その理由は・・・。」

⇒ 「10_reasons_why_egyptians_cant_be_terrorists.htm」をダウンロード

・・・たしかに、エジプト人の特徴をよく表しています。若干、自虐的な分析ですが自分自身を笑い飛ばすところが大阪人の気質と通じているように思います。

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2007年2月10日 (土曜日)

調味料

私は「食欲」が健康のバロメーターなので、『何を食べようか?』という気持ちが薄らぐと「黄信号」。
食事は毎日作りますが、たまに『ワチャ~・・・。』という出来の日もありまして、そんなときはとても不幸な気分になります。

最近、「ニンニク醤油」の作り方を妻から教わりまして、それに凝ってます。作り方も簡単。醤油の中に薄皮を剥いたニンニクを漬け込んで2、3日おくだけ。煮物、炒め物に使っています。香りもよくて、食欲も増します。

おかげで「不幸な日」が減りました。

 

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2007年2月 9日 (金曜日)

散歩にも油断は禁物

日中「引きこもり」気味なことを反省して、最近は時間のあるときにはなるべく外に出ることにしています。そんなある日・・・。

A_13その日は、自宅周辺の道路標識の写真を撮っていました。

すると背後で【ガシャン!】という音。振り返ると小型の乗り合いバスとタクシーが出会いがしらに衝突していました。
交差点への無理な進入が原因です。こちらのドライバーは信号や警官の指示よりも実際の状況を「各自が」判断して運転する傾向があって、しかもほとんどのドライバーは「自分が優先」なので、ま、起こるべくして起こった感じ。怪我人は無さそうなのでそれが幸いでした。 B_9

両者とも「自分の方に非は無い」と思って譲らないし、車も移動させずに口論しているので乗客こそよい迷惑です。エライ渋滞になっています。

『乗り合わせてなくて、よかった・・・。』と考えながら歩いていると、頭上からぱらぱらと小石のようなものが「降って」きました。見上げると、アパートのエアコンの据え付け工事中でした。鑿(のみ)と金槌(かなづち)で外側からダクト用の穴を開けています。【青の洞門】@カイロですな。C_9
建物の壁はレンガで作ってあって、その上からセメントで塗ってあるのでこんな工法が普通のようです。
一体型のエアコンの場合は穴も大きい。引っ越したらどうするんだろね?もちろん、埋め戻すんでしょうけどね。

散歩するときにも、なかなか気が抜けない。ワンダーランド・エジプトよ。

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2007年2月 8日 (木曜日)

ボタン鍋

先日、新しく着任した「協力隊員」の歓迎会がありました。
場所はカイロ市内の日本料理店。
メニューは「ボタン鍋」。

エジプトで「鍋料理」を食べられるとは有り難い。ふだん、1人では酒も飲まないので、久しぶりの『季節のメニュー』での飲み会でした。(前日にも飲んでたけど)

イスラム圏で「ボタン鍋」・・・。はて?
エジプトにはクリスチャンもいますし、需要はあるので「豚肉」は入手できるのですが、「猪肉」は?
アフリカ大陸だからって、まさかタンザニア産の「イボイノシシ」やったりして・・・。
ま、カバでもキリンでも美味けりゃ何でも好いですが。


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2007年2月 7日 (水曜日)

ドライビング・スクール

自宅そばの大通りで、屋根に看板を掲げた車を見かけることがあります。「Talking Wikipedia」=アスカラニ君によると、自動車学校の車だとか。

「教官は大抵が男性だ。あの車には女性が二人乗っているだろう?前が生徒で、後ろは友達か姉妹だ。教官と二人になりたくない女性は誰かに付き添ってもらうんだ。」
『付き添うのは女性だけか?』
「いや、兄弟でも、フィアンセの場合もある。」
『あの、屋根の看板は?』
「他の車(みんな運転が荒っぽい)への注意と宣伝のためだ。学校名、電話番号と【ドライビング・アート(技術)を学ぼう】と書いてある。」
『たしかに、アート(芸術)だ。カイロのドライバーはアーティストだわな。』

エジプトでは、女性のドライバーをたいへんよく見かけます。でも、技術面においてあまり評判がよろしくない。
「他のアラブ諸国では、女性ドライバーがいる国もあるが人数は少ない。事故で怪我をするリスクを小さくするのと、事故を起こしたときの対応に困らないためだ。相手が男性だとたちうちできないからな。金があったら、車を買って運転手も雇う。」そうです。相変わらず何でも知ってる男じゃ。

「ところで、センセイのwebサイトを英訳ソフトを使って見てると「カイロ(city)」が「heating pad」になるのは何故だか分らないか?
。」
『・・・それは「懐炉」のことだろう。冬の寒いときや、アウトドアで使うものだ。』
「知らないなぁ。どんなものだ?」
というわけで、 「ホッカイロ」の実物を見せて使い方を説明しました。そして、いくつか持っていたものを彼にプレゼントしました。母上に好評だったみたい。

「Talking Wikipedia」 に、新たに一項目追加されました。

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2007年2月 6日 (火曜日)

「Talking Wikipedia 」

バス・ルームに何ヶ所かある、水道の蛇口のひとつが壊れました。Photo_19
内部のパッキンがヘタっておる。
どうしようか、考えあぐねているところにおりよくアスカラニ君から電話がありました。「中間試験が今日、終わったんだ。」
『ちょうど、よかった。助けてチョ。』

数時間後、水道工事屋を連れて彼は来てくれた。
10分ほどで作業終了。部品代が10ポンド。工賃が10ポンドで済みました。
「スピード解決」でした。

アスカラニ君にはあちこちのガイドを頼んだり、今回のように細かい頼みごとをしたりいつも世話になっています。特にパソコン関連。
物知りなのでちょっとした質問にも大抵即答してくれます。エジプトの歴史、イスラム社会の教え、エジプト国内を走っている乗用車の各メーカーのシェアまで!

水道修理の作業を待つ間、ふと思い出したことがあったので、彼に訊きました。
『そういえば、先日、日本の知り合いから質問を受けたんだけど、「スエズ運河の通行料金」なんて・・・、さすがに知らんか?』
すると即座に、「スエズ運河の使用料はエジプトの歳入の3分の1~を占めるものだ。船のサイズは5つのカテゴリーに分けられていて、・・・・」
『ちょ、ちょっと待ってくれ。詳しくはまた、後日改めて聞くから。』

ネット上の百科事典に「ウィキペディア」というのがありますが、私は彼のことをひそかに「Walking & Talking Wikipedia」 と呼んでいます。

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2007年2月 5日 (月曜日)

食いしん坊万歳

合い鍵を作るときにお世話になった日本人の「哲」さんはエジプト在住10年の「ベテラン」です。面倒見が良くて、「いまさら他人に聞けない」ような質問でも親切に応対してくださるのでとても助かっています。

先日も、「ついでに昼飯を食って帰りましょう。」ということになりました。
「イエメン料理、って食べたことはありますか?」

近所にそんな店があったことも知りませんでしたが、知ってたとしてもメニュー(アラビア語)が解読できぬ。これでは昼飯のたびに付き合ってもらわねばいかん。

Cimg6464「あれとこれと・・・。」と注文して出てきたのはサラダなどの前菜と、メインは肉のグリルとライス。「こんなもんばっかり食べてたら、太るのも当然。」というボリュームでした。

写真がそれ。右はヒツジ肉のB-BQ。左は鶏の「半身」のグリル。皿からこぼれ出るほどのボリュームのご飯の量。
これで一人前!?・・・などと言いながら完食してしまった。美味でした。

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2007年2月 4日 (日曜日)

超・リッチ向け

シェリーフさんたちとアイン・ソフナにドライブに行った日、ハイ・ウェイ沿いのレストランで昼食をとりました。紅海に面した町だけあって、シーフードてんこ盛り。
次々と食べきれないぐらい出てきまして、どれも美味かった。Cimg6475 Cimg6476 Cimg6477

このあたりは「リゾート地として開発中」ということで、レストラン前の広場では別荘地の分譲相談をやっていました。別の一角では「プレジャー・ボート」の展示もありました。中でも、一番高そうなやつを「冷やかし」で見学しました。
 
Cimg6472Cimg6471操縦席?の横から船室に入れる構造になっていて、内部には調理台、冷蔵庫、寝室も完備。
『いくらだ?』
「12万USドル。」
『そ、そう?・・・んじゃ、またな。シェリーフさんよ、行こうか?』
「そうだな、帰ろうか、センセイ。」

エジプトは所得格差が年々増大していて、シェリーフさんによると「リッチ、超リッチ、超々リッチ、それと俺たちみたいなフツーの階層があるんだ。」ということでした。いや~、あんたもなかなかですぜ、シェリーフさんよ。
でも、持ってる人は持っているものですね。

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2007年2月 3日 (土曜日)

日帰りドライブ

ある日、合気道会員の「お笑いネタ担当?」シェリーフさんに誘われて、アイン・ソフナに行ってきました。
アイン・ソフナ(何回も発音を訂正された。)は、紅海沿いの町。去年の夏にはクラブのメンバーと海水浴に来たことがある。

「俺の、会社の上司を案内するんだ。今度、Week end House を買ったんだ。」
『それって、別荘じゃないのか?』
「完成予定は・・・、インシャ・アッラーなんだ。」Cimg6485 Cimg6494

アイン・ソフナは、アラビア海から紅海、そしてスエズ運河へと続く入り口にあたります。沖合いには運河の順番待ちのタンカーが見える。

Cimg6481Cimg6489彼らは、石油掘削の多国籍企業に勤務してるとかで、海上油田のプラントも興味深そうに見物していました。  ハイウェイ沿いには、カナダの援助(カナダにも拠点があるフランスの企業、という話もあるけど。)で建設中の風力発電プラントがあって、カナダ人のボスが「お、見学していこう!」。

色々なものを見学して、勉強になりました。・・・稽古には遅刻したけど。
それにしてもシェリーフさん、あんた、ただの「面白いオジサン」じゃなかったのね。

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2007年2月 2日 (金曜日)

はじめての・・・

普段は自宅と道場、もしくはスーパーとの往復以外はほとんど外出しません。一番大きな理由は「不自由な会話能力」です。ビビッてしまう。
「青年」協力隊の隊員たちはその点、非常にアクティブで、適応能力が高いので尊敬しています。
「この、センセイの友達は本当に日本人なのか?俺の弟(海外暮らしが長い)よりもアラビア語が上手いゼ。」と言われたことさえあるほどです。

『これではいかん。もっと外に出なくては! 中年協力隊員(正しくは【シニア海外ボランティア】です。)の私も引きこもっている場合ではない。』 ということで (別に対抗意識を持っているわけじゃないですが) ある日、バスの終点までの「ミニ・ツァー」を試みました。

市内を走るバスは大型・中型・小型のものがあって料金も違う。行き先表示もプレートに書いて掲げているもの、ドライバーが行き先を連呼しているだけのものなど色々です。
「はじめてのおつかい」レベルの今回は、行き先表示がはっきりしているバスに乗りました。帰路は行き先を連呼している中で「聞き取れて、かつ知っている地名」行きを乗り継いで帰る。たとえ迷ったところで「取って食われる」心配もないでしょ。エジプト人は基本的に困っている人には親切です。

『さて、このバスで・・・。』 ・・・読めぬ。どこ行きのバスや?とりあえず乗る。
・・・で、5時間後になんとか無事に帰り着きました。車窓からの景色もまた楽しい。おやつ代込みで100円なりの「超・ミニツァー」でした。A_12 B_8 C_8 S_2

写真左から
1. 赤字の359番だけは判るのですが・・・。
2. アブード・バス・ターミナル前の露天。餡ロール(みたいなもの)とパイ(蜂蜜をかけてある)各1個20円。
3. バスも車も自転車も馬車も同じ道を走る。
4. ナセル・シティーの無名戦士の墓地にある、故・サダト大統領(’81年にこの地で暗殺された)の記念碑。ピラミッドをかたどっている。

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2007年2月 1日 (木曜日)

「マニア」はここにも・・・?

洗濯やら飯の仕込みやら、朝の作業を片付けてから、近所にあるクラブで軽く運動するのが日課です。朝・昼兼用の食事は帰って12時頃から。
この、「シューティング・クラブ」は職場でもあるので「顔パス」。
ゲートのおじさんたちとも顔なじみです。

今日も、「オノ! how are you?!  オノ~♪ オ!ノ!」と陽気な挨拶をされました。
こちらも歌にあわせて踊って見せてから『アッサラーム・アレイコム。』
「一緒に朝飯を食っていけ。俺たちもちょうど、今からだ」
『え?・・・それじゃ、ゴチになりやす。(一食、浮いた。ラッキー♪)』

メニューは「定番」のアエェーシ(エジプト風パン)、フール(ソラ豆の煮物)、サラダ(キューリ・トマト・タマネギ・グリーンペッパーを酢と唐辛子味のドレッシングで味付け)。
「もっと食え。力が出るぜ。」
『いえ、充分でござんす。ショクラン・ギッダン。』

1時間後、足をややもつれさせながらの帰りみち。またもやゲートで、
「オノ!シャーイ(紅茶)を飲んでいけ!」
どこまでも、人なつこい彼らとのやり取りは気持ちをなごやかにしてくれます。

・・・てな話をしてたら日本の嫁さんから「それはエエけど、去年、先生から指摘されてた素振りの【悪い癖】は直ったんかいな?」と、指摘されてしまった。
ムム、ここにもマニアが・・・。
『門前の小僧、習わぬ経を読む』と云いますが、ネット経由で手綱を引き絞られた気分。・・・決して、ぼやいているのではありませんよ。反省と感謝の気持ちです。

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