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2007年3月17日 (土曜日)

コミック・スタイル

合気道では「相手に自分の手首を掴ませてから」始める基本動作があります。「手を掴ませるんだ。脚を出すんじゃない。」・・・エジプトの生徒の中には、思わずそう言いたくなる人も多いです。ま、「クスグリ」を入れるのが私の稽古スタイルですが。笑わせて、こっちを向かせて、飽きそうになったら変わったことをして気を引いて・・・。

「子供への指導がちゃんとできるようになれば一人前だよ。子供を引っ張るのは難しいぜ。」昔、師匠から頂いたアドバイスを思い出します。
エジプトでは大人の会員ばかりです。大人ばかりだと相手は最初から「こっちを向いている」のでその分、楽だとも言えますが基本的な「指導のコツ」みたいな部分は子供への指導と同じだと思います。

「子供の指導」という点においては保育園や幼稚園の先生方はプロですね。尊敬します。エジプトで活動中の協力隊員には「保育士」、「青少年活動」という職種で小さな子供達の世話をしている人たちが多くいます。日本人相手でさえ難しいのに言葉の壁を越えて活動している彼ら、彼女らはすごいな、と思います。
「お気楽」にやっている自分が申し訳なく思えるぐらい。でも、「オノセンセイ・スタイル・アイキドー」は今さら変わりようがないですけどね。

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2007年3月16日 (金曜日)

痛いの嫌い!

エジプトの生徒達の中には、「ハッキドウ」だ「テコンドー」だと色々渡り歩いてきた人がいます。「センセイ、アイキドーは何故、手首や肩を掴むんだ?ケンカする時に手首を掴んでくる奴なんていないぜ。」
『合気道はそういう訓練体系なんだ。嫌なら他のクラブに行きなさい。』
「いや、俺はセンセイのアイキドーが好きなんだ。」
『じゃ、つべこべ言わんとわしの言うとおりにやれ。』
「ワカッタ。」

私みたいな者のちょっとした一言、アドバイスでも熱心に聴いてくれます。ありがたいことです。
「ドンくさい」人もまた好ましいですね。昔の自分のイメージとダブるし、素直に言うことを聞きよる。

翻って日本の大学生たち。ここ数年思うのですが、稽古を通して「強くなりたい!」という声をあまり聞かなくなりました。そうじゃなくて「上手くなりたい」そうです。
「痛い技は嫌い」だとか、ちょっとキツイ稽古をするとクラブをやめてしまうとか。
自分は痛い目、辛い目を見ずに相手を制することだけ上手になりたい?

私は「痛みを知っている人はそれを経験してない人よりも、他人に対して、より優しくなれる。」と思っています。手品だって、「タネを知ってりゃいい」ってものじゃなくて、「自分のものにする」まで反復練習するはずです。別に私にマゾっ気があるわけじゃないですが。
どうも「打たれ弱い」若者が多いように思いますね。 

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2007年3月15日 (木曜日)

格闘技の本場

一時帰国に際して合気道の生徒達から「『日本製の』 木剣、稽古着、その他色々買ってきてくれ。」というリクエストが数多くありました。でも重いし面倒だし、キリがないので全部断りました。

『用具類はヨーロッパ製、エジプト製のものでも充分やで。』
「じゃ、ビデオを買ってきてくれ。アイキドーでも他の格闘技でもいい。」
『それもインターネットの、例えば U-Tube (?) のビデオクリップで、たいてい見たことあるだろう。合気道以外なら「初見良昭」さんの「ニンジュツ」のビデオが面白いと思うけどそれも知ってるんじゃないのか?』
「ハツミセンセイのビデオはシリーズ全巻持っている。」

あいかわらず、マニアというのか研究熱心というのか・・・。
日本は「格闘技の本場」、「武道の本家」だという意識は、いい加減に捨てなければいけないかもしれませんね。「発祥の地」ではあってもそれがイコール最高レベルを保ち続けているかというと・・・? 技術的レベルや修行者の人口はともかく、、意識レベルに
おいては日本から遠い分、「あこがれ」という意味も含めて稽古に対するモチベーションは高い。
初見良昭氏のインタビューで、「何故、外国ばかりで指導するのか?」との質問に
「私は、日本武道の技術、伝統を守るために【疎開】させているんですよ。」と言うのがありました。

【そのうち、「合気道」や「古事記」の勉強をするために日本人が外国に教えてもらいに行かなあかん日が来るで。】 という私の師匠の言葉が現実のものになりつつあるような気がします。

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2007年3月14日 (水曜日)

May I help you ?

先週、関西空港に迎えに来てくれた妻との帰宅途中のこと。
すっかり「おのぼりさん」の私は、あちこちの店を覗きながら歩いておりました。

「和雑貨」の店で「法被(はっぴ)」や「風呂敷」など見ていると店員が寄ってきて話しかけてきました。
「何か、お探しですか?.....May I help you ?


その店を後にして・・・。
『今の店員、「May I  help you ?」やて。俺、日本人に見えへんのかなぁ?』
「何、言うてんの!「May I ...」じゃなくて、「綿、100%です。」て言うてたんやんか!」
ん~、『自意識過剰』というやつだったか。
でも、思い込みで「そのように聞こえる」ことはありますよね?

以前、友人がアメリカ旅行したときのこと・・・。
レストランでサラダのドレッシングの種類を何にするか訊かれたそうです。
「ナントカカントカ? or ナンヤラカンヤラ?」
「...俺、何でもいいや!」
すると、「OK!」...しばらくして、『オイル&ビネガー』が出てきたそうです。

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2007年3月13日 (火曜日)

日本・ジャパン・ヤバーン

呼び方はいろいろありますが、今『日本の我が家』にいます。
「関空」に到着しての最初の食事は「きつねうどん」。夜は鶴橋で「焼肉」。あぁ~幸せ☆

エジプトとの物価の差に戸惑いつつ、赤信号を無視して道を渡りたい衝動を抑えつつ、あちこち見物している間に1週間も経ってしまいました。

およそ1年ぶりに訪れた道場では「あんた、誰?」と訊かれることもなく、暖かく?迎えてくれました。昨夜は私の帰国を知った友人がおよそ10年ぶりに電話をくれたりして、友達のありがたさをしみじみと感じております。

それにしても寒いですな。今日は外出しそびれてしまった。「引きこもり状態」では日本でもエジプトでもどこに居ようが変わりませんね。

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2007年3月 4日 (日曜日)

美しい国・ニッポン

「美しい国、日本」は安倍総理のキャッチフレーズですが、私の知る限りエジプト人には日本と日本人に対して好意的な人が多いです。私に気を遣っているのかもしれませんが、中国や韓国など他のアジア諸国に対するよりも日本に対する評価は概ね高いです。

「第二次大戦に破れて日本はペシャンコに潰れた。合気道の技も『止めを刺す』ものから『お互いに和合する』ことに重点を置くものに変わった・・・。
センセイはそう言ったよな?でもペシャンコの状態の日本はその後、素晴らしい成長をした。工業製品のクォリティーも素晴らしい。
復活の力の秘密は『ブシドー』に在ると思うんだ。人々の礼儀正しさ、女性のしとやかさ。俺達はそれを学びたい。」

映画「ラスト・サムライ」の影響も大きいかと思いますが、嬉しいような、どこかこそばゆくなるようなありがたい評価です。
一方で「『アイキドー』ってのは映画でやってるみたいに腕や首を折っちまう技なんだろ?」という認識の人もいますが、そういう人は稽古に来ても長続きしません。「地味な基本動作」にすぐに飽きてしまいます。

滞在11ヶ月(毎月の決まり文句ですな)、「気負わず緩みすぎず」やってきたつもりですが、そんなこと(日本に対する評価)を聞くにつけ、『何とか期待に応えてやりたいなぁ。』と思います。

ところで、シニア・ボランティア(40~69歳)には「健康管理休暇制度」というのがありまして明日から4週間ほど里帰りします。「美しい国、日本」でしばらく充電してきます。

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2007年3月 3日 (土曜日)

ハーブ・ティー

多くの web サイトのトップページには「占い」のコーナーがあります。nifty のHPのそれでは低調だった「乙女座」の運気は一昨日から五つ星。曰く、【今日は完全復活!】とある。
『その割に風邪が抜けきらへんのぉ。』
その翌日、「今日は気の合う人と楽しい時間を過ごす云々・・・。」
『ホンマかいな?』
日中は何事も起こりませんでした。

その日は「マァディー・クラブ」の稽古日。「風水研究家」のモタァズ君が道場の責任者です。めずらしく雨模様の天気でイヤな予感はしていましたが、誰も来ない。モタァズ君と私の二人だけ。
『こういうことだったのね。』などと思いながら、『マァディーは週に一回しか来ないから、今日はみっちりやるか。』と二人で稽古を始めました。
が、やはり頭が痛くなってきた。咳も止まらぬ。

一通り軽く稽古した後、今日はこれで終わり、ということにしました。
「センセイ、仰向けに、横になれよ。レイキ治療をしてやるよ。」
『レイキ?・・・霊気?』
【ベスト・キッド】のミヤギさんよろしく、手のひらを額や胸に当てての深呼吸。
そういえば、夏頃「ギックリ腰」でうなっていたときもこれをやってもらったんだった。あまり劇的な効果は無かったが。心遣いが嬉しい。

「センセイ、風邪にはハチミツとハーブ・ティーが効くよ。俺はいつもそれで治す。効かなかったら薬を飲むんだ。帰りに買っCimg7263ていこう。」 Cimg7261 Cimg7262

・・・・・「さ、これだセンセイ。ハチミツ。蜂の巣入りだから効くぜ。こっちがハーブ・ティー。風邪用とこっちは咳止めだ。100%自然材料だから安心して飲め。アラビア語の裏に英語でも説明が書いてある。」

代金の請求なんかされませんでした。彼、モタァズ君といい、アスカラニ君、もちろんタハ君も☆ そのほか、こっちで出会った奴らは(一部のタクシー・ドライバーを除いて)『何でこんなにも・・・。』と思うぐらい「いい人」ばかりです。
・・・てなことを考えてたら、なんだかウルウルしてしまった。歳をとると涙腺がゆるくなって、どうもいけません。ここに、あと1年しか居られへんとはなぁ・・・。「稽古で恩返し」するにはとても1年じゃ返しきれぬ。100年分ぐらいもらってるのに。

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2007年3月 2日 (金曜日)

顔に出やすい

『俺、機嫌の悪い時はすぐ顔に出るんや。妻や友人によく言われる。』
「 I know it.」 とアスカラニ君に言われてしまった。
あいかわらず、人間が練れていないですな。まぁ、一朝一夕で直るものでもないでしょうが。

先日、ある人と昼食を共にすることがあり、アスカラニ君に同行してもらいました。「昔なじみ」の紹介で行きがかり上断わることができぬ相手。
もともと外人と歓談できるほどの英語力があるわけでもないし、気が進まないことおびただしい。
『俺の顔を見て、【アブナイ】 と思ったら合図してくれ。お前さんのことは俺の英語とアラビア語の先生ということにするから。』

アメリカ人相手に「英語の通訳」を連れて行くのも変な話ですが、エジプトのあらゆる事柄(政治・経済・歴史)に関して彼以上に詳しくまた卒なく説明できる人物はいない。
思ったとおり?「彼らの間で」話がはずんでいました。

帰路、
「センセイ、俺は役に立ったかい?」
『お前は、ホンマに Walking Wikipedia やで。ありがとう。助かったよ。俺はどうだった?』
「10分ほど経った頃から機嫌が悪かったね。」
『・・・』

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2007年3月 1日 (木曜日)

タハ君のこと 2

日曜と火曜日の「ポリス・クラブでの稽古日」にはタハ君が車で送ってくれることになっています。申し訳なくも、まことにありがたい。先日の火曜日に・・・。

その日は未だエジプトのしつこい風邪が抜けきっておらず、稽古の後早く帰って眠りたかったのですがタハ君が、
「センセイ、5 ミニッツ(五分待ってくれ)。残ってもう少しみんなで練習する。」
『いいよ。』とは言ったものの30分待っても終わる気配がない。稽古の邪魔をしたくなかったので1人でバスで帰ることにしました。とにかく早く寝たい。

「121番」のバスが自宅近くまで直行しま・・・あ、行ってしまった。目の前で!
『この時間(午後11時半)は少ないのになぁ。』バスやタクシーは深夜まで走っているのですが、バスは本数が減る。タクシーは多いけど値段交渉が面倒なので乗りたくない。

「120番」、「122番」・・・こんな時の前後賞は嬉しくない。
『お、「121番!」。・・・やれやれ、ラムセス駅まで来たらもうすぐ着くわい。ここで高架道路に乗って・・・乗れへんがな!』 思いのほか早く次のバスに乗ったつもりが、間違ったようです。
『excuse me. このバスは「121」だよな?』
「いや、「131」だよ。」
『ありゃま。』
アラビア語の「2」と「3」の表記は紛らわしいのであります。

ま、なんとか(12時半頃)家には帰り着きましたが、家の前に人影が・・・。タハ君が申し訳無さそうな顔で立っていました。
「センセイ、早く帰りたければ言ってくれればよかったのに。稽古を切り上げたのに。 very very very sorry.

『メールを送っておいたやろ?今日は疲れてるんや。』
「でも、声も掛けずに帰るのはひどいぜ。」
なんだか、男同士で痴話喧嘩をしているみたいですが、こういうことを書くから妻から 【あらぬ疑い】 をかけられるわけですな。

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