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2007年10月31日 (水曜日)

長電話は体に毒?

友人シェリーフさんは仕事の合い間によくメールでオモシロ写真や記事を送ってくれます。
先日のネタ:
「センセイ、ケータイでの長電話は体に悪いらしいぜ。特にコメントの【3】番には注意しろよ。」・・・・・・。


モスクワのプラウダ紙の記者、ウラジミール・ラコースキーとアンドレイ・モイセンコは携帯電話の電磁波による人体への悪影響について実験した。(写真左)

彼らは2台の電話機を通話モードにして、背後のテープレコーダーから流れる音声で「会話し続けている」状態にした。(同中)

15分後:玉子は少し温まった。
25分後:玉子はかなり温まった。
40分後:玉子はとても熱くなった。
65分後:ご覧の通り「ゆで玉子」の出来上がり。(同右)1 2 3

考察1:ケータイでの玉子の調理は可能だが、高くつく。($4.55または123ルーブル)
考察2:この結果は大げさかもしれない;脳みそが「ゆで玉子」になるには数時間話し続けなければならないのだから。
考察3:ケータイをズボンのポケットに入れるのはお勧めできない。

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2007年10月30日 (火曜日)

ビッグフェイス・ツァーズ~大台突破

エジプトの国家収入の4分の1~3分の1は観光収入だそうです。昨年11月の妻の訪問以来、私のところにも多くの友人知人が訪ねてきてくれています。先日その数が「大台」に乗りました。
延べ人数=10組、20人。これは在留邦人として、多いのか少ないのか?1年間の数としては多い方でしょうな。

「ギザのピラミッド」への訪問回数は10回。 (お客さんのアテンドだけではなくて、自分で行った2回も含みます。) これは明らかに多い。観光客相手にラクダと一緒に写真を撮らせる現地人の「客引き」にも知り合いが出来てしまった。
「10回目のギザへの訪問」の時、その「
客引き」サダト君曰く
「よう、久しぶりだな。2ヶ月ほど見なかったが、客が無かったのか?」
・・・だからぁ~、おれはツアコンじゃなくて、合気道のセンセイだってば!

観光客船でナイル川下りをした船中で知り合ったドイツ人の女性との会話。
「そう、こちらの二人は日本からいらしたのね。で、あなたは?ギザに住んで仕事をしてらっしゃるの?ツァーガイドは忙しい?」
『いえ、アイキドーのインストラクターです。ツァーガイドじゃありません。』

合気道の生徒たち曰く:
「センセイ、××に連れて行ってやろうか?・・・もう行った?・・・じゃあ、○○は?・・・△△は?・・・カイロ周辺にはもう、遊びに行く所が無くなっちまったね。日本に帰らずにそのままこっちに残ってツァーガイドを始めたらどうだい?」

・・・合気道のセンセイですから!

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2007年10月23日 (火曜日)

ベルリン旅行

JICAボランティアは任期中に任国外への旅行が認められています。というわけで、ドイツのベルリンに行ってきました。

ある「ヒト」の合気道講習会に参加して (自分の稽古はもちろんですが) こちらの友人、ガワッド氏に「体験」してもらうのが最大の目的でした。何をって?「オチャラケない合気道」をです。


ガワッド氏を連れて・・・もといガワッド氏に連れられてアテネ経由でドイツへ。彼は忙しい人ですからこちらの思惑とは裏腹に観光はほとんど無し。行って稽古して戻るだけ。かろうじて講習会前日、市内循環の観光バスにだけは乗りましたが3泊4日のベルリン滞在で観光は2時間。

ベルリンの街は美しい街です。でも、エジプトの気候に慣れた身にはヨーロッパの秋は寒かった。機会を作って是非もう一度ゆっくりと訪れてみたいです。動物園(ヨーロッパ最大規模)だけでも一日かかりそう。

講習会はヨーロッパ各国から100名以上が参加していました。当然ながら外人だらけでした。(かくいう私もガイジンでしたが) 懐かしい友人にも再会することが出来ました。稽古の方は・・・こちらに戻ってから「小野さん、少し痩せたんじゃないの?」と言われたことが「マジメに」稽古してきたことの証し…かな?

【写真】左上から 1.タクシーは半数がベンツ。 2.警備のおまわりさん 3.講習会場の運動公園。ヨーロッパの秋には雪駄が似合う? 4.食堂入り口のランチメニュー。 5ベルリンの壁。 6.こちらはお土産。ナンボでも偽造できそうですな。 7.経由地アテネの空港ターミナル内には造成中に出土した遺物の博物館がある。 8.後で気付いたのですが撮影禁止でした。撮っちまったものはしようがねぇわな。  AK L  EB

MIJ

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2007年10月22日 (月曜日)

アラメイン

第二次大戦中の北アフリカ戦線でもっとも有名なのが「エル・アラメインの戦い」です。1942年にロンメル将軍率いるドイツ軍とモントゴメリー元帥率いるイギリス軍の間で激しい戦闘が繰り広げられ、8万人とも言われる死傷者を出しました。
・・・という知識を私は子供の頃読んだ、望月三起也氏の漫画で得たのですが、私が頻繁に行っているアレキサンドリアの街から近いということでエジプト滞在中に是非訪れてみたいと思っていました。

アラメインはアレキサンドリアから西方へ約100km。アフリカ大陸の北海岸に位置する街です。今は美しい海岸線に沿ってリゾート開発が進んでいますが内陸に向けては砂漠が広がっているだけです。
時間の都合上、今回はドイツ軍とイタリア軍の戦没者墓地を訪れただけですがイタリア軍の墓碑銘に多数の「ignoto = unknown」を見たときにはなんともやりきれない気持ちになりました。

【写真】左から ドイツ軍戦没者墓地、 出身地別の墓碑銘(これはプロイセン)、 イタリア軍墓地、 内部の墓碑銘3_24_2 (奥の方はほとんどignoto)2_2 1_2

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2007年10月21日 (日曜日)

ロゼッタのバスケットメーカー

エジプト、アレキサンドリアの東方に位置するロゼッタの町は「ロゼッタ・ストーン」が発見された町として有名ですが、(地元の人曰く)「百万本のヤシがある町」なんだそうです。
ヤシの葉の太い茎(芯)の部分を加工してバスケット(野菜やトリ、ウサギなどの運搬に使う)を作るほか、乾燥させて屋根を葺いたり塀にしたりします。

『写真を撮らせてくれないか?』と覗き込んだ家では
「何?ニホンジンだって?ま、こっちに来てシャーイ(紅茶)でも飲めや。」と勧めてくれました。

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ロゼッタ

『ガワッドさん、ロゼッタ(ラシード)へはバスで行けるんやね?』
「一人で?悪いこと言わないから止めときなさい。エジプト人でも他所からそんな田舎に行くと迷子になるぜ。うちのアハメドがそこの近くの出身だから彼に頼んで連れて行ってもらえばいい。」
ん~、やはり私では「バックパッカー」を気取るには無理があるか。ま、ここは一つお言葉に甘えて・・・。

300pxrosetta_stoneロゼッタというのは「白子さん、黒子さん」でおなじみの洗顔パスタ、1934年発売のロングセラー(それはロゼットやろ!)・・・のことではなくて、古代エジプトの象形文字(ヒエログリフ)を解明するきっかけとなった 『ロゼッタ・ストーン』が発見された場所として誰もが一度は聞いたことのある名前だと思います。

カイロの考古学博物館には「ロゼッタ・ストーン」のレプリカが展示されています。実物はイギリスの大英博物館にあるそうな。ロゼッタ(アラビア語ではラシード)の町はアレキサンドリアから東へ60数km。ナイル川の河口の町です。農業と漁業の町で、「パーム・ツリー(ナツメヤシ)」の葉を使ったバスケット(野菜などの運搬に使う)を作っている家も多く見かけました。が、それは次の記事で。

海岸近くにはカーイトゥベイ(15世紀のスルタン=支配者)の建てた要塞がありまして、そこの地下から「ロゼッタ・ストーン」を発見したのがエジプトに侵攻して来たナポレオンの部下(1799年)。それを解読したのがフランス人のシャンポリオン(1822年)・・・。
何千年の歴史の舞台を実際に歩いている、というのは愉快ですね。自分が歴史ドラマの登場人物になったような錯覚さえします。

【写真】 左:ロゼッタはナイルが地中海へ注ぐところにある町。 中:この地下1mのところでロゼッタ石が発見された。指さしているのは今回案内をしてくれたアハメッド君。 右:ナツメヤシの木。この大きな葉っぱの芯の部分を加工して「カゴ」を作る。実は熟すと甘くて滋養タップリ。

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2007年10月17日 (水曜日)

ダイビング・マスター

私の知り合いでティモールさんという、「アウト・ドアの達人」がいます。砂漠ツァーに関しては「ナショナル・ジオグラフィック」が取材に来るほどのエキスパート。(もっとも、彼によると「砂漠を相手に【プロ】なんざありえねぇんだ。なめちゃいけねぇ。」だそうですが。)
また彼は、サーファーであり、スキューバ・ダイビングのインストラクターでもあります。エジプトでのスキューバ・ダイビングと言えば「紅海」。世界的に人気のあるダイビング・スポットです。(私はやりませんけどね。)

B 先日、スキューバのコースを見物していると、彼はプールサイドに車椅子を持って登場しました。聞くと、「障害者をガイドする、スキューバ・ダイビング・インストラクター」養成講座なのだそうです。ゴーグルにはガムテープで目隠し・・・。

自然を楽しむ、楽しませる。やっぱり彼は【アウト・ドアのプロ】ですよ。

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2007年10月14日 (日曜日)

カルシウム不足?

合気道には「四教」または「四ヶ条」などと呼ばれる技があります。「相手の手首の脈部を自分の手の人差し指の付け根部分で強く圧迫する」という、文字にすると何やら訳の分らぬ技ですがまことに痛い技です。(「痛さばかりを求めるのはいかがなものか」とか「痛くない技は意味が無い」とかの論議はさておき)

先日(エジプトでの話)、ある有段者(私ではありません)が、初心者とこの技を稽古していたそうです。あまりに痛がるので医者に連れて行ったところ、「手首の骨にヒビ」がはいっていたとか。ドクターによると「清涼飲料水(要するにコー○、セ○ン・アップの類)の飲みすぎで骨が脆くなっているようだ。もっとカルシウムとビタミンDを摂りなさい。牛乳を飲むことだ。」と言われたそうです。

昔、「○ーラをあまり飲みすぎたら歯がボロボロになるで。」などと冗談めかしてよく言ったものですが、実際にそういう「事故」を聞いたのは初めてで、チョイと驚きました。

何度か申しているようにこの国の人々は「甘い物好き」です。見ていて気の毒なぐらい、歩行困難になるほど肥満した人も多く目に付きます。糖分(人口甘味料)だけが災いしている、とは言えないのでしょうけれど、要するに栄養や生活パターンなどのバランスが上手く取れていないのでしょうね。

さて、その彼はしばらく安静を言い渡されたようですが、復帰してくれるかしらん?

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2007年10月10日 (水曜日)

路面電車

アレキサンドリアの街では「路面電車」が重要な市民の足になっていますが、ここカイロにも路線があります。町の中心部、列車の「ラムセス中央駅」横から延びる線で、3~4両編成。乗車賃は一回5円相当(アレキも同じ)。

情緒があって良いと思うのですが、残念ながら町の中心部には車が多すぎて小回りの利くバスやタクシーだけです。

写真左:ナイル川沿いの幹線道路のラッシュ時。写真なので止まっているように見えます。・・・実際もほとんど動いていませんが。
中:アインシャムス大学駅(・・・と読むはずです)
右:「ラムセス駅前」駅。国鉄とメトロ(地下鉄)は左側通行。車と路面電車は何故か右側通行。

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2007年10月 6日 (土曜日)

イフタール@シューティング・クラブ

『合気道 in エジプト』には「何か食べた」とか「どこそこで遊んだ」話ばかりで、合気道の話がほとんど出てきませんが・・・ま、気にせずに今日も「食事」の話。

イスラムには「ラマダーン」の習慣があって、一ヶ月間は日中の飲食はしません。
そのかわり、日没後の「ブレイクファスト」をとても楽しみに、大事にします。家族や友人と集まって食べて、お茶を飲んで、延々としゃべっています。

「センセイ、今日は稽古の前にみんなでイフタール(ブレイクファスト)に行こう。」ということになり、クラブ内のレストランで食事をしました。A_2 C_2
食後は特設の喫茶コーナー(傍に夜店みたいなブースがたくさん出店している。お菓子やオモチャ、アクセサリー、日用雑貨など)に移動して「お茶」します。ある人が、グラス一杯の紅茶(ミントの葉っぱ入り)に砂糖を3袋も入れているのを見た私が『そんなに入れるのか?』と訊いたら「え?今日なんか少ない方だよ。普通4、5杯は入れるよ。」

エジプシャンには太った人が目立ちます。

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2007年10月 5日 (金曜日)

月の砂漠を・・・

「センセイ、今度の満月は水曜日だ。ちょうど稽古の日だから道場に行く前に乗馬クラブに行かないか?月例のパーティーがあるんだ。食事の後に砂漠で馬に乗る んだ。」

乗馬が趣味のMr.Big=モタァズ君に誘われて、行ってきました。
カイロ市は、特にナイル西岸はギザのピラミッド地区を少し南下するとすっかり「田舎」の雰囲気で、サッカラ~ダフシュール、とピラミッド群が点在します。
サッカラ(階段ピラミッドで有名)の手前に「アブ・スィール」という(まだ発掘調査中の)ピラミッドがありまして、そのすぐそばに乗馬クラブがあります。

40~50人も集まったでしょうか。みんなで食べ物を持ち寄ってラマダーン(ちょうど2週間目)の「ブレイク・ファスト」を食べた後、5、6人のグループに分かれてピラミッドのすぐそばの砂漠地帯を1時間ほど馬に揺られて月明かりの下を「散歩」しました。ロマンチックですな~。

写真左から
農作業帰りのウシたち。
クラブのオーナー=アイマン氏、母鳥とはぐれたハヤブサのヒナを飼っているんだとか。「ホルス神」の子孫ですな。
イフタールの風景。
非常にわかりづらいですが「アブ・スィール」のピラミッドです。
   DCBA

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2007年10月 4日 (木曜日)

新聞によりますと・・・

8月に後輩達が訪問してくれた際に稽古の様子を新聞社(決して【アヤシイ】新聞ではないです)が「取材」に来ていました。発行は8月の26日でした。(私としたことが、『格好のブログネタ』を一ヶ月もほったらかしとは・・・。)

取材に来たのは「ワタニ」という日曜日に発行している新聞で、web siteもあるようです。

取材のいきさつは私が『日本から道場の後輩達が来るよ。』と言ったところ、「じゃ、この機会に合気道とクラブの紹介をしよう。」ということで「取材に来てもらった」のでした。
合気道のよい「宣伝」になった・・・はずです。

写真左から、
トップページ:まぁ、いわゆる「表紙」ですな。
スポーツ面:顔写真の載っているのが道場長のムハマド・サイード氏。彼が「合気道とは・・・」という記者の質問に答えている内容がつらつらと書かれています。若干、的外れの答えもあったりして。
「ニホンジンのセンセイ」①:右肩上の大きな文字はアラビア語で「アイキドー」受けはタハ君。
「ニホンジンのセンセイ」②:受けは後輩のM.佐藤君。

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